(1) ファン一号

文字数 1,539文字

第三章  ささえ


 肌寒い冬も終わり、島はいよいよ春爛漫となった。

 三月も終盤になればだいぶ暖かくなってきて、少しだけ汗もかき始めてくる。

 先週から春休みに突入したわたしたちは、練習と床屋コンサートの回数をそれぞれ重ねていった。
 メンバー同志、そして福祉館や実家の予定が合えば、なるべく機会を作って歌うようにした。

 練習と本番を繰り返し、その都度しっかりと振り返って、次のために準備する。
 そうしていくだけで、活動の質は格段に上がった。

 最初は一曲だけだったレパートリーも、少しずつ増やして短いのを五曲ほど歌えるまでになった。
 美樹もだいぶ人前に慣れてきたみたいで、最近は率先して演奏の機会を増やそうとしている。

 彼女の成長っぷりと持ち前の明るさはグループ全体をどんどん活性化させていって、だんだん自分が置いて行かれるんじゃないかと心配になってしまうくらいだ。
 実は、今日も演奏中に少しだけミスをしてしまったけど、周りのカバーもあってなんとか無事に乗り越えられた。

 音美大島は、いくら「大島」とはいえ小さな生活圏なので、「歌う床屋」の噂は瞬く間に広がり、離れていたお客さんもいくらか戻ってきたみたいだ。
 さらに、演奏時にはお客さん以外にも聴く目的の方が何人かいらっしゃるようになった。

 そこでお母さんはお父さんと話し合って、椅子を増やしたり、床にシートを敷いたりして対応してくれた。
 またガレージ内に簡単な休憩所も作ってくれたので、演奏終わりにはみんなでお喋りする場所もできた。

 こうして、家族に協力して貰いながらわたしたちの音楽活動は段々と定着化していった。

 最後の曲が終わって、今日もまた四人で一緒に礼をする。
 あちらこちらから拍手と喝采の音が聞こえてきて、しばらくすると、床屋の中は再び緩やかな日常へと戻った。

 それはいつも通り、お母さんと軽く言葉を交わした後、みんなでガレージの方へと向かおうとしていた時のことだ。

 さっきまで椅子に座っていた中学生くらいの女の子が、びくびくしながらわたしたちの方に近づいてくる。
 最初にそれに気づいた美樹が、明るく声を掛けた。

「あ、どうしたの? 何か、うちたちに用かな?」

 するとその子は、ひっ、と声を漏らしながら何歩か後ずさる。
 しかし、自分で近づいた手前引くわけにはいかないと考えたのか、再び忙しなく元の位置に戻るとたどたどしく話し始めた。

「あ、あの。きょ、今日初めて聞きに来ました。前から、南山に歌を聴ける床屋さんがあるって聞いてたから、興味があって。そ、その、……ごめんなさい!」

 女の子が急になぜか謝り出したため、わたしは慌てて顔を上げるように言った。
 そして既にうっすら泣きだしそうになっているその子に優しく話しかける。
「つまり、わたしたちの演奏を聴きに来てくれたってことかな? 何処から来たの?」

 すると、少しの間を置いてか細い声が返ってきた。

「……北平、です」

 思わずびっくりして、早百合たちの方を見る。
 みんなも少なからず同じ気持ちのようだ。

 わたしは驚きのあまり、かなり大きな声で叫んでしまった。

「北平から!? よく来てくれたねぇ。ほら、早百合、美樹、野薔薇。わたしたちのファン第一号だよ! ねぇねぇ、今日の演奏、どうだった?」

 テンションが上がり過ぎたあまり、つい勢いよく身体を揺すってしまって、女の子が今にも気を失いそうになっている。
 とうとう見かねた野薔薇からビシッとたしなめられた。

「おい、桜良。かなり怖がってるじゃないか。もっと落ち着いて話せ」

 その後いくらか冷静になると、自らの行いがだんだん恥ずかしく思えてくる。
 慌てて謝ると、その子はしばらくしてからゆっくりと、でもさっきより少し大きな声で喋り始めた。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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