(4) 為せば成る

文字数 1,332文字

「なんなんだ、あいつは。ほんと腹が立つな!」

 福祉館への道を歩きながら、野薔薇が息巻く。
 それを早百合がそっとなだめた。

「まあまあ、落ち着いて」

「そうだよー。それに、うちからすれば、わらちゃんも最初はあんな感じだったよー」

 美樹に呑気に指摘されて、野薔薇はまたそっぽを向く。
 その後ろで、梢がおもむろに口を開いた。

「あ、あの! やっぱりわたし、また学校の日に話しかけてみようと思います。このままでは終われないというか、何というか……」

「よく言ったよ、こずちゃん! さすがうちたちの後輩だね」

 美樹が抱き着こうとするのを咄嗟によける梢。
 それを見ながらわたしは一つだけ提案した。

「そのことなんだけどさ。ここは一旦わたしに任せてほしいな、って思うんだ。
 きっと椿ちゃんも何か思うことがあるだろうし、それさえ何とかすればきっと仲間になってくれるような気がするの」

「大丈夫、桜良?」

 早百合が尋ねてくる。
 わたしはそれに精一杯胸を張って応えた。

「大丈夫だよ。為せば成る、なんてね!」


「で、また私に相談したいってわけね」

「まあ、そんな感じです」

 ナナ様が、ふぅーっと深いため息をつく。
 それを見ながら、仮にも神様なんだからちょっとくらいわがまま言ってもいいじゃない、とつい思ってしまった。

「お願い! 実は椿ちゃんにも、家で会った時にあの黒いもやを感じたんだ。これってつまり、助けを求められているってことだよね? だから、またわたしに知恵を授けてよ!」

 真夜中、部屋の明かりに照らされながら、ナナ様の白い肌が輝いている。
 少しだけ考え込んでから、やがて顔を上げると艶やかな唇がゆっくりと開いた。

「そうねえ……」

「うんうん、なになに?」

 思わず前にのりだし、女神様の回答を待ちわびる。

 やがて、ナナ様はニコッと微笑み掛けると、
「たまには、自分で考えてみなさい」と平然とした様子で言い放った。

「えー。そんなのって、ないよぉ」

 すぐさま文句を言うと、ナナ様は途端に真顔になってじっとわたしを見つめてきた。

「桜良、聞きなさい。私とユラの契約を結んでから、しばらく経つわ。確かにユラは神の代弁者としての側面も持つ。でも、だからといって、いつまでも受け身の姿勢ではダメなのよ。
 ユラはそれ自身が神としての存在に為りえるものなの。だから、そろそろ自分で考えて、自分で結論を出してみる訓練もしてみなきゃ、ね」

 いつになく真面目な様子のナナ様に諭され、しばらく黙り込んでしまう。
 すると、わたしの頭の上に、いつもみたいに暖かい手が置かれた。

「大丈夫よ。今言ったことは、決して無理難題ではないわ。何度も言うように、貴女にはそれができる力があるの。
 それに、最悪どうしようもなくなった時は、何度だって私が助言するわ。だから、取りあえず頑張ってみて」

 こんな風に優しく言われると、何だかやらねばやらないような気がしてくる。
 だから、ナナ様はずるいんだ。

「わかったよ。まずは自分で色々考えてみる」

「よく言ったわ。偉い、偉い」

 そう言って、ポンポンッ、と頭を優しく叩く。
 ナナ様がそうすると、難しいことでもできるような気がしてしまうから不思議だ。

 わたしは、しばらくただその一定のリズムに身を委ねていた。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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