(終) 羽化

文字数 1,293文字

 いつの間にか三月になり、今日は最初の日曜日。

 わたしたちは店の裏側で、ひっそりと時が来るのを待った。
 そして、バタバタ感も落ち着いて空気が和らいでくるお昼過ぎを見計らい、勢いよく店内へと飛び出した。

 突然裏から現れた四人の女子高生に、何も知らないお客さんはざわつき始める。
 少しだけ緊張しながら、わたしたちはさっと一列に並んだ。

 列はわたしたちの方から見て、右側から美樹、わたし、早百合、野薔薇の順になっている。
 ふと右隣の美樹を見ると、唇をかみしめ身体を小刻みに震わせていた。

 わたしはそんな彼女の肩をそっと叩き、なるべく優しい声でひそひそと囁いた。

「大丈夫だよ。今まで頑張って練習して、最後にはうまくいってたじゃん。きっと、できる。わたしたちを信じて、自由に歌っていいからね」

 わたしの言葉を聞いて、美樹は安心したように前を向く。
 その眼差しには、最早迷いらしきものは一切感じられなかった。

 ゆっくり一歩前に踏み出すと、お客さんに向けて声を出す。

「みなさん、こんにちは! 驚かせてすみません。わたしたち、これから四人で歌います。良ければ是非聴いてください!」

 そして元の位置に戻ると、静まりきった空気の中早百合がポケットからマウスピースを取り出した。
 無機質な音が順番に響く。

 その後、彼女の合図でわたしたちは一斉に歌い始めた。


 曲は短いものだったけど、演奏中はとても長く感じた。

 美樹の高音やわたしのメインパートを、早百合や野薔薇がそっと下から支える。
 四人の音が重なり合って、一つのハーモニーとなって店内に流れていく。

 練習の時にはあまり感じられなかったものの、初めて人前で歌うと、段々気分が高揚してきて、まるで宙に浮かび上がるような錯覚をしてしまう。
 歌いながらひらひらと自由に舞い踊っているわたしたちは、まるで四羽の蝶みたいだ、とふと感じた。

 やがて演奏が終わり、直後耳まで聞こえてきたのは、温かい拍手の音だった。

「いいぞ、嬢ちゃんたち!」

 口々にお客さんから賛辞が送られる。
 その言葉を聞きながら、わたしは両隣を交互に見回した。

 早百合と野薔薇は、それぞれの演奏の出来にとても満足そうだ。
 そして右側の美樹を見ると、今にも泣きそうな顔でわたしを見つめ返してきた。

 わたしたちは一斉に揃って礼をした。

 盛大に拍手を浴びながら、ふと裏手の方を見ると、ナナ様が陰の方からこっそりと様子を伺っていた。
 わたしに気づかれないようにしながら、静かに手を叩き、優しく微笑んでいる。

 バレバレだよ。
 思わず吹き出しそうになりながら、わたしは仲間たちと共に、裏へと引き返していった。


第二章 さなぎ   終

第三章につづく…



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Shooterです。
第二章までお読みいただきありがとうございました!
二人からスタートした合唱活動に、新たに二人が加わって、いよいよ本格化。
練習場所や目標もでき、これからさらに進んでいきます。
三章では学年が変わり、後輩ができたりするころですが、果たして……。
是非、お楽しみに!
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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