(10) 金縛りと夢の世界

文字数 1,671文字

 その日の夜。
 いつものようにスマホをいじっていると、突然猛烈な眠気が襲ってきた。

 段々と堪えきれなくなっていき、フラッとベッドに倒れ込む。
 そのまま瞼を閉じ、すぐに深い眠りに入った。


 異変が起こったのは、それから何時間か経った後のことだった。

 急に目を覚ますと、身体に強い違和感を覚えた。

 試しに腕を上げようとする。ダメだ、全く力が入らない。
 真夜中だけど大声で叫んでみようか。でも喉は思うように震えず、息もちょっとだけしか出入りしなかった。

 そうして戸惑う間に、だんだんと胸も苦しくなってくる。
 まるで深い海に溺れたような身体の重さと息苦しさを感じながら、なす術もなくわたしは気を失った。


 気づいた時、あの洞穴の中にいた。
 どうしてそこにいるのか、全くわからなかった。

 ひとまず寝巻のままで立ち上がり、辺りをきょろきょろ見回してみる。
 すると一つだけ、現実の洞穴とは違う点を見つけた。今いる場所は、出口がなかったのだ。

 はじめのうちは、自分が閉じ込められていることにかなり恐怖を感じた。
 でも、しばらくするとその感情は次第に収まっていった。それは、今の自分が感覚らしいものを持っていないことがわかったからだ。

 ものは試しに、頬をつねってみる。痛みも何も感じない。
 思い切って頭を叩いてみても一緒だ。

 だからわたしは、今ここが現実の世界ではないことを悟り、いつか目覚めるのなら、と自分でも不思議なくらい楽観的でいた。
 そんな風に前向きに考えることができたのは、きっと今いる場所が、多少違うとはいえお気に入りの場所だったからというのもあるかもしれない。

 不思議なことに、出入口がないにもかかわらず、洞穴の中はとても明るかった。
 祠のあるところに目を向けてみると、夢の中でも変わらず同じ場所に鎮座している。

 少し離れた所からいつもみたいに目を閉じ、手を合わせてお祈りする。
 数秒後、ゆっくりと瞼を開くと、目の前に見知らぬ若い女の人が立っていた。

 思わず、わっ、と大きく後ずさって、手の甲を勢いよく壁に当ててしまう。
 白いワンピースを身にまとったその人は、落ち着き払った様子で目の前にしゃがみこむと、柔らかく微笑みながら話しかけてきた。

「驚かせちゃってごめんなさいね。はじめまして、桜良ちゃん」

 相手が自分の名前を知っていることに少し不気味さを感じながら、ひとまず返事する。

「はじめまして。……あの、お姉さんは、一体?」

「ごめんね。今はまだ話すことができないの。怪しい者ではないから安心してね」

 これが現実のシチュエーションなら、怪しくないで済ますことは絶対にあり得ない。
 でも、よく考えてみればここは夢の世界だ。

 夢ならば、相手が自分のことを知っていても別におかしくはない。
 それに何より、目の前の若い女性はとても優しそうで、なぜか不思議と色々なことを話したいような気分になってきた。

「……はい、わかりました! あの、折角なんで、よければ話し相手になってもらえませんか?」

 その人は目を大きく見開くと、吸い込まれそうな瞳に光をたたえ、嬉しそうに胸に手を当てる。

「いいわよ。私でよければ是非!」

「やった! ……あ、すみません」

「いいのよ、気を遣わないで。私のこと、今日は友達のように思ってくれていいわ」


 それからしばらく、好きなことや昔の話などいろんなことを話した。
 お姉さんは、自らのことについてはなかなか明かさなかったけど、とても聞き上手で、ついたくさんのことを喋りすぎてしまう。

 ある程度まで話し終えた後、折角だからあのことも相談してみようかと思いついた。

 わたしには小さい頃からの幼馴染がいて、その子とこの間久々に再会したこと。
 その子は歌うことが好きで合唱部に入っているけど、そこでは今内部分裂が起きていること。
 そして体育祭で起きたバトン事件のこと、学校で考えた憶測までを全てお姉さんに伝える。


 あらかたわたしの話を聞き終え、少し間を置いてからお姉さんは口を開いた。

「『早百合ちゃん』とは、一度会ってちゃんと話をした方がいいと思うわ」
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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