(二) たりない

文字数 1,689文字

 帰島して次の日。
 誰が誘うでもなく、私たちは福祉館に集まった。


 中に入るなり、管理人さんが気付いて近くまで駆け寄ってくださった。
 けれど、私たちの周りに重い空気が漂っているのを感じ取ったのか、そのまま何も言わずに詰所へと戻っていった。

 その後、入口に固まっていてもしょうがないと感じ、美樹の呼びかけで部室に行くことにした。
 二階に上がって、見慣れたドアの鍵を開ける。

 そして中に入った時、私の目に真っ先に飛び込んできたのは、奥の方でバラバラに崩されたジグソーパズルだった。

「……何、これ」

 思わず声を漏らしてしまう。
 後ろにいたみんなも不安そうに私を見た。

 ひとまず、そばまで近づいてみる。
 桜良が去年から丹精込めてはめ込んできたパズルは、無残にも板ごとひっくり返されていた。

 あちらこちらにピースが儚く散らばっている。

 彼女がこのことを知ったなら、間違いなくショックを受けるだろう。
 そう思うと、とても心が痛んだ。

「誰が、こんなことを……」

「うち、実は心当たりがあるの」

 突然、美樹が口を開いた。
 驚いて彼女の方を見ると、多分ドラマの真似なのだろうか、辺りをうろちょろしながら、澄ました顔でぶつぶつと呟き始める。

「実は島を出る前の日の朝、忘れ物を取りにここに寄ったんだ。その時には、パズルは全然壊されてなかったよ。うち何となく気になって、ちゃんと布をめくって確認したんだもん!
 それは、丁度学校が始まる前。七時くらいだったはずだから、それより後に部室に入った人が怪しいよ」

 美樹は一気に喋り終えると、最後にビシッとドアの方を指さす。
 そして、決まったといわんばかりの顔をする彼女に、野薔薇がすかさず横やりを入れた。

「それか、丁度めくったその時、うっかり気づかずにお前が壊してしまったか、だな」

「……そんなわけないじゃん!」

 そのやり取りを聞きながら、私は思わず頷く。

「なるほど。確か私がその日の夕方にみんなを呼び出した時、部室には誰も入らなかったよね」

「はい。それは、間違いないです」

 梢の返事の後で、少し離れた場所から椿が言った。

「管理人さんに聞いてみたらどうです? 鍵を借りないと、中に入れないでしょう」

 そりゃ、確かに。

 みんなは次々に下に降りていく。
 私も、後から続いた。


「……部室の鍵を借りた人を教えて、って?」

 管理人さんが不審そうに尋ねてきたため、すかさず補足する。

「はい。中に置いてあったパズルが、今見たらバラバラにされていまして。二十二日の朝七時に美樹が借りてから、今日まででお願いします」

 ちょっと待ってて、と言うと、管理人さんは斜め上の方を見ながらじっと考える。
 そして。

「確か、一人だけいたわ。それ以外は、誰も鍵を借りには来なかったはず」

「誰ですか、それは」

 思わず全員が迫る。
 しかし、この後告げられた名前は、あまりにも意外な人物だった。

「……桜良ちゃん、よ」

 え、桜良?

 桜良以外は誰も、その間に部室に入っていない。
 と、いうことは、パズルを崩したのは桜良本人なのだろうか。

 今まであれだけこつこつと、大事に組み立ててきたにもかかわらず、だ。

 ショックを隠せないでいると、野薔薇が耳元で囁いた。

「まあ落ち着け。百パーセント、桜良とも限らないし。それに、あいつうっかりしたとこあるから、つい壊してしまった可能性もあるだろ」

 そうだよね、と呟き、そっと心を落ち着かせる。
 管理人さんにきお礼を言うと、私たちは再度部室へと戻った。

 改めて無残な状態のパズルを眺めながら、美樹が提案する。

「ねえ。どうせならさ、組み立ててみようよ。もしかしたら、何かわかるかもしれないし」

 私も含め、全員が無言で応じると、その場にしゃがんで黙々と作業を始めた。

 五人がかりとはいえ、四千ピースのパズルを組み立てるのは恐ろしいほど時間がかかった。
 それでも苦労の末、やっとあと少しで完成となった時、そばにいた椿が徐々に慌て始めた。

「……え、なんで。おかしいな」

「どうしたの?」

 私の問いに、彼女はひどく無念そうな顔をしながら返した。

「……ピースが、ピースが足りないんです!」
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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