(2) 体調不良と薄ら笑い

文字数 1,479文字

「おめでと。いよいよ桜良たちも、全国デビューか」

「もう、そんなんじゃないってば」

 朝の飼育小屋に、わたしと紅葉ちゃんの声が響く。
 檻の中の動物たちも、興味深そうにわたしたちの会話を聞いているみたいだった。


 慣れとは実に恐ろしいもので、かつてあれ程イヤだった飼育委員も、一年以上もすればすっかり日常生活に定着してしまった。
 間違えて、当番でない日に早く学校に来てしまったこともあったくらいだ。

 そのため、二年生になっても、結局二人共再び同じ仕事を任されることになった。

 今日も紅葉ちゃんが掃除をして、わたしが動物たちに餌をやる。
 いそいそと棚の前に向かうと、運が悪いことにウサギの餌が切れていた。

 ストックが少ない時は、別の棚にある大きな袋を持って来て、そこからいくらか移し替えなきゃならない。

 あれ結構重いんだよな、と少しだけ面倒に思いながら、袋の口を掴んで勢いよく持ち上げようとする。
 通常であれば、ここで袋は難なく持ち上がるはずだった。

 しかし、今日はいくら頑張ってもその袋を動かすことはできなかった。

 今日は沢山入っているのかな。最初はそう思ったけど、次第にそうじゃないと思い始める。
 決して、袋がいつもより重たいからではなく、どうしても腕に力を込めることができない。

 そのことを悟るのに、時間はさほどかからなかった。

 そうしていくにつれて、段々と頭もボーっとしてきた。
 今はそこまで暑くないはずなのに、額に汗がどんどん吹き出てくる。

 その上ちょっとだけ吐き気も感じてしまった。
 とうとう堪えきれなくなって、その場にそっとしゃがみ込むと、紅葉ちゃんがすぐに気づき、近くまで駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫、桜良?」

「……なんとか。ごめん、少し保健室に行ってくる」

「わかった。一緒に行こ」

 紅葉ちゃんに支えられ、覚束ない足取りで再度保健室まで向かう。


 『再度』というのは、似たような体調不良が、ここ最近の短い間に何度も起きている、ということだ。


「ご心配をお掛けしてすみません」

「いいのよ。最近大変だと思うけど、無理はしないようにね」

 職員室で、担任の中先生が優しく諭す。

 わたしは、あの後保健室で十分休みを取って、三限から授業に復帰した。

 そして昼休み、先生に改めて報告するべく職員室を訪れていたのだ。
 そこでいくつかやり取りした後、わたしはその場を後にした。

「失礼しました」

 そして教室に帰ろうとしたから、一つ別の用事があったことを思い出し、元来た道を戻った。

 もう一度職員室のドアノブに手を伸ばしたその時、少しだけ開いた扉の隙間から、中先生と学年主任の先生の会話が聞こえてきた。

「──君のクラスの遠矢さん、最近体調悪いのが続くね」

「ええ、私も少しだけ心配していて」

 隙間からこっそりやり取りを覗いていると、やがて主任の先生が気になる言葉を口にした。

「……いやね、適当に聞き流してくれていいんだけど。昔、似たような症状を抱えた生徒を受け持っていてね。噂では、彼はきっと『障り』に侵されているのではないか、ってまことしやかに囁かれていたんだ。
 まあもちろん、現実にそんなことが起こり得る訳ないのだけどね」

 そうして主任の先生が浮かべた薄ら笑いが、わたしの身体を妙に震わせた。

 さわり?
 一体何だろう、それ。

 ふと、ここで何故かナナ様の顔が頭に思い浮かんだ。

 去年の今頃経験した、あの不思議な出来事。
 それとこの言葉は、何か関係があるのだろうか。

 モヤモヤがどんどん頭の中で膨らんできたけど、当初の用事を思い出し、わたしは目の前のドアをゆっくりとノックした。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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