(終) 籠の外の鳥

文字数 1,600文字

「なあ、結局お前は何がやりたかったんだ」

 帰り道の途中で、野薔薇が尋ねてくる。
 他のみんなも、興味津々でわたしの顔を覗き込んだ。

「それって、最後の演奏のこと?」

「それも含めてだ。今日のお前の言動は、なんか最初から意味深すぎてわけわからなかったぞ」

「そうだね。説明してくれると嬉しいな、私たちにも」

 確かに置いてきぼりにしちゃったかも……。
 みんなのもっともな意見に、まずは謝る。

「ごめん、ごめん。えっと、ね。
 まず、さっき椿ちゃんが言ってた、『みんなで一緒にやる音楽なんて、私にはとても無理』って、あれどういう意味なんだろ?」

「え? そりゃ、みんなで一緒に音楽なんてしたくない、ってことなんじゃないの」

 首をかしげながら美樹が答える。

「うん、まあ普通に考えたらそうなんだろうけど。でも、それってこうもとれるんじゃないかな?
 『自分みたいな立場の人間には、音楽なんてそもそもできるわけがない』って」

「どういうこと、ですか?」

 梢が尋ねる。わたしは、昨日の偵察でわかったことをみんなに伝えた。

「椿ちゃんは、大きな神社の跡取り娘なんだ。だから、厳しいお父さんに叱られながら、昨日だって朝早くから仕事してた。
 きっと、昔からそうやって、厳しい環境の中で生きてきたんだと思う。それで、好きなこともできなくて、自分には自由がないって思い込んでた。夜の配信で、心ないコメントに怒った時にも、そんな感じのことを言っていたんだ。
 それで、わたしは最初に音楽を本当に好きだってことを確認してから、一つの歌を贈ることにした」

「……それが、『自由への讃歌』?」

 早百合が、曲のタイトルを口にする。

「うん。偶然練習していたレパートリーの中に、今の椿ちゃんにぴったりの曲があったからさ。贈るなら、これしかないと思った」

「言われてみれば、確かにそうですね」

 梢が少しだけ前に出てきて、わたしの代わりに説明してくれた。

「『自由への讃歌』は、元々アメリカの公民権運動の時に流行った歌です。当時、黒人差別からの解放を訴える人たちの中で、応援歌としてかなりブームになりました。
 なんですが、この歌の歌詞は、決して自分たちのさだめを悲観したり、自由を強く求めたりする内容ではありません。歌を通じて歌詞が本当に伝えたかったメッセージは、『みんなと手を取り合って、一緒に歌って、自由を形にしようとするならば、既に自分たちは自由なんだ』ということなんです。
 深く歌詞を読み込めんでいけば、おのずとそれがわかってくるかと思います」

「ありがとう! 梢の言う通り、自分がしたいことや興味のあるものを、思う存分やった時。そして、自由でいたいと強く心に願った時。自由はもう既にこの手の中にある。
 『全く自由じゃないように初めから定められた運命なんて、何処にも存在しない』。これだけ、伝えたかったんだ」

「でもさ。あいつは、お前の意図をちゃんと汲み取れんのか?」

 野薔薇が訝しげに聞いてくる。
 少しだけ耳を澄ませ、自分の想像に確信を持ってから、わたしは自信たっぷりに言った。

「椿ちゃんなら、きっと大丈夫だよ。曲のことも知っていたし、意味を理解できる能力も手段もちゃんと持ち併せているから。
 それに……」

 程なく、段々と後ろから足音が聞こえてくる。
 その音は、徐々に大きくなって耳に飛び込んできた。


「椿ちゃん自身、実はもう『籠の外にいた』んだって、だいぶ前から気付いていたみたいだからね!」


第四章 さだめ   終

第五章につづく…



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Shooterです。
第四章までお読みいただきありがとうございました!
とうとう六人が全員揃いました!
実力のあるメンバーが増え、今後の目標も固まりさらに盛り上がる桜良たち。
これから先、彼女たちを待ち受ける新たな出会いとは……?
是非、お楽しみに!
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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