(6) アカペラバンド

文字数 1,449文字

「遅いぞ。一体どこまで行ってたんだ」

 少しだけイライラしながら野薔薇が聞いてくる。
 先に一言謝ってから、精一杯の気持ちを込めみんなに頼み込んだ。

「お願い。今から言うことを、とにかく信じてほしい。
 梢ちゃんは、さっき電車通りを渡ったところで、今はクレープ屋さんのそばのどこかに向かってるみたい。その辺を重点的に探そう」

 みんな釈然としない顔でわたしの言葉を聞いていたけれど、やがて早百合がいの一番に応じた。

「わかった。どうせ他に手がかりもないし、よくわからないけど桜良の直感を信じてみようよ」

 後の二人も、続いて無言で頷いた。

 まずは、電車通りから程近いクレープ屋の前まで急いで向かう。
 しかし、そこから辺りを見渡しても、梢ちゃんの姿は確認できなかった。

 ひょっとしたら、既にもうどこかの店に入ってしまっているのかも……。
 再度手分けして探そうとしていた三人に、自分だけここで待たせてほしい、とお願いする。

 何かわかったらすぐ呼ぶから。
 そう強く伝えると、みんなは黙って頷いて方々へと走り去っていった。

 やがて一人になると、大通りの隅っこに移動し、目を閉じてもう一度梢ちゃんの声に耳を傾ける。
 すると、心地よいジャズの音楽に混じって、先程の女性らしき人と会話する声が聞こえた。


「ーーーゴメンね、こんな所まで連れて来ちゃって。
 一人で不安そうに、同じ場所を何度も歩き回っていたから、ほっとけなくてさ」

「……い、いえ、わたしも一人で怖くて。先輩方とはぐれちゃって、どうしようもなくて」


 よかった。
 ひとまず、梢ちゃんは酷い目に遭ってはいなさそうだ。

 ちょっとだけ安心し、再び意識をそちらに集中させる。


「紹介するね。あたしは、シオリ。そしてそこにいる人たちは、バンド仲間。
 今日この店でこれからライブさせてもらうから、その前に少しだけ集まって、だらだらすることにしてたの」

「……バンド、ですか? でも、みなさん、楽器は?」

「ああ、ゴメン。バンドっていっても、楽器はないんだ。あたしたちは、アカペラバンドだから。
 『ハミングバード』って、聞いた事ない?」

 梢ちゃんが申し訳なさそうに、いいえ、と呟くと、シオリという女性はとっさに小さく笑った。

「だよね~。だってまだまだあたしたち、デビューしたてのヒヨっ子だもん。もっと世間に浸透するよう頑張んなきゃなぁ。
 そういえば、君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれる?」

「……こずえ。稲森梢です」

「こずえちゃんは、歌は好き?」

「は、はい。好きです。合唱や、もちろんアカペラも、大好きなんです!」

「お、おう、そっかそっか。じゃあ、学校で何かやったりとかは……」

「……いえ。まだ高校には入ったばかりで。でも、実は先輩たちのグループに誘われていて、今日もその方たちと遊びに来たんです」

「ふーん。じゃあ、君は、その先輩たちにとっては、可愛い後輩ちゃんなんだ」

「……で、でも」

 ここで、急に梢ちゃんが言い淀む。
 どうしたの、とシオリさんが心配そうに尋ねた。

 やがて、梢ちゃんは弱弱しい口調で話し始める。

「わたし、入るの、やっぱり断ろうと思ってるんです。
 こんなに迷惑かけてしまって、さらに申し訳ないと思うんですけど……」

「ほう、それまたどうして?」

「それは、その……」

 しばらく、会話がストップする。

 彼女がどんな風に考えているのか、知ることができたらどんなにいいだろう。
 そう思っても、今のわたしにはどうすることもできない。


 すると、シオリさんが穏やかに語り始めた。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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