(終) 帰って来るまでに

文字数 1,769文字

 家を出た時には、既に日も暮れかけていた。
 細い道路に六つの影法師が伸びている。

 未だに足の痺れを感じながら、全員無言で行くあてもなく近辺を歩き始めた。

 前に進みつつ、ふと帰り際にユラのおばあさんとしたやり取りを思い出す。
 その時おばあさんに問い掛けたのは、私だった。

「桜良を助けるには、どうしたらいいですか」

 おばあさんはじっと私の目を見ると、木戸の取手に手をやりながら答えた。

「一度神のユラになってしまえば、原則神障りから逃れることはできぬ。じゃが、今その娘は神に心を閉ざしておる。やがてミナ神はその子との関係が断たれ、再び消滅の時を迎えるじゃろう。
 そうなれば最早ユラではなくなるから、きっと神障りは起きなくなるはずじゃ」

 そして、戸は静かに閉まった。

 やがて小さな公園が見えてきたので、少しだけ立ち寄って、疲れた身体と頭を休憩させる。

 今日は、本当に色んなことを聞いた。
 ユラのこと、神様のこと、そして神障りのこと……。

 昨日あれだけ胸を張って、桜良のことを知りたいなんて息巻いたのに。
 理解する、ってこんなに難しいんだ、と少しだけ自信が挫けてしまった。

 思い思いの場所にもたれかかった私たちは、肌寒さも忘れて冬の空を見上げていた。
 時間が経っていくのも、最早どうでもよかった。

 とにかくこのまま、このメンバーで何も言わずにずっとこうしていたい。
 でも、その沈黙は長く続くことなく、すぐ隣から声があがった。

「……なあ、さっきの話、どう思った」

 野薔薇の方に全員の視線がいく。

 どうやら、脳内整理の時間はここまでみたいだ。
 私はゆっくりと、みんなに向け率直な感想を伝えた。

「正直、今でも信じられないと思ってる」

「うん、私も」
「うちも」
「わたしも、です」

 次々と周りも頷いてくれたので、少しだけ安心した。
 一通りみんなの意見を聞いてから、野薔薇がおもむろに呟く。

「私もそうだ。神様? 障り? なんじゃそりゃ、って。そんなおとぎ話みたいな話が、簡単に信じられるもんか。
 でも、大事なのはそこじゃない、と思ってる」

 野薔薇はそう言って、じっと私の目を見つめてくる。
 その意図はすぐに察することができた。

「うん。野薔薇の言う通り、その話が信じられるかどうかは問題じゃない。現に、桜良は今困ってる。
 だから私は帰って来る桜良にどう接してあげるべきか、それを考えた方がいいと思う」

「……そうだね。今度はうちたちが、桜良を助けてあげようよ!」

「はい! わたしもまた、桜良先輩と一緒に歌いたいですから」

 美樹と梢が賛同する。
 野薔薇と椿も黙って頷いてくれた。

 そんなブレスのメンバー一人一人の顔を眺めながら、紅葉さんが言った。

「桜良ってさ、前から凄いなって思ってたけど、やっぱり凄い子だったんだね。こうやって、音楽を通じてみんな一つにまとまってる。お互いに、学校も学年も、性格だってバラバラのはずなのに、自然と心が通い合っているんだもん。そして、その中心には桜良がいる。
 今の私には、ブレスは至上最高のアカペラバンドに感じるよ。
 だから、頑張って桜良を連れ戻してやって。私も、精一杯陰から応援してるからさ」

 紅葉さんは笑顔でそう告げると、小さく手を振ってその場から離れていった。

 残された私たちは、彼女から投げ掛けられた言葉を一音ずつ心に刻みながら、しばらくお互いの顔を見つめ合っていた。



 それから桜良が帰って来るまでの間、私たちはある目標を決め、福祉館に集まっては頑張ってそれぞれの「任務」を行った。

 そして、全員がそれを達成できた時、妹の桃萌ちゃんから桜良の帰島が告げられた。

 久々の再会を果たすべく、私は一人、島の空港まで向かった。


幕間 ~Sayuri Side~   終

最終章につづく…



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Shooterです。
「幕間 ~Sayuri Side~」までお読みいただきありがとうございました!
いよいよ明かされたナナ様のルーツと、桜良の秘密。
一旦それらを全て受け止める覚悟を決めた早百合たちは、
桜良が帰島するまでの間に、一体何をしようとしているのでしょうか?
そして、ブレスやナナ様の未来は果たしてどうなる?
とうとうラスト、「最終章」を是非お楽しみください!
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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