(終) ハミングバード

文字数 1,631文字

 しばらくして、店内にはお客さんが増えてきた。

 大人の世界に段々と居心地が悪くなってきて、やっぱり早いうちに帰ろうかと思い始める。
 でもシオリさんから、七時半に演奏するからぜひ聴いてって、と誘われたために、今こうして隅っこの方で五人縮こまって座っているのだ。

 やがて時間になり、ステージの袖の方から六人の女性が、それぞれ着飾って登場した。
 列の中から、シオリさんが前に出てきて喋り始める。

「どうもー! 今日もわざわざ来て下さってありがとうございまーす。
 初めてあたしたちの演奏を聴くという方も、既に何度も聴いてるよー! って方も、どうぞ楽しんでいって下さいね!」

 その後、隣にいた長い髪の女性が、「アー」と声を出す。
 それに合わせて他のメンバーもそれぞれの音を出していく。

 やがて全ての音が綺麗に重なった時、店内の空気がわずかに震えたような気がした。
 そうして会場が静まった後、小気味いいスナップに合わせて曲が始まった。


 彼女たちの演奏は、全くの無伴奏だった。

 二人が高音と低音のコーラスを担当し、それにシオリさんと長い髪の女性がボーカルを重ねていく。
 二人のボーカルはそれぞれすれ違ったり、時に交差したりして、変幻自在に絡み合っていた。

 残りの二人のうち、一人は低い声でリズムを取っている。
 そして最後の一人は、まるで打楽器のような音を口から出していた。
 スネアドラム、シンバルを一定のリズムで交互に鳴らすその人は、さながら本物のドラマーみたいだ。

 この六人が奏でる音楽は、楽器など最早必要ない、正真正銘歌声だけのアンサンブルだった。

 曲が進むにつれてお客さんも次第にノッてきたようで、手拍子をしたり身体を揺らしたりしている。
 わたしたちも、気づけば手を叩きながら目の前の六人に夢中になっていた。

 最早店内は彼女たちの独壇場となり、ほとんどすべての人たちが目の前のステージに釘付けになった。


 楽しい時間はあっという間に終わり、拍手と喝采に包まれながらシオリさんたちが袖へと下りていく。

 それからしばらくの間、わたしたちは全員ともただただ茫然としていた。
 しかし、最初に沈黙を破ったのは意外にも梢ちゃんだった。

「……凄い。凄い演奏でした、みなさん!」

 それにつられ、わたしも思わずはしゃぎ出す。

「そうだよ! わたしたち、凄いもの見ちゃったね。みんな、まるで楽器みたいだった!」

 残りのみんなも、後から口々に感想を言い始めた。
 いつもはクールな野薔薇でさえ、この時ばかりは興奮を抑え切れないようだ。

 そんな四人に、意を決し提案してみる。

「ねえ。今からやってみようよ、アカペラバンド!
 それぞれパートを割り振って、自由に楽しく演奏するの。シオリさんたちみたいにさ!」

 最後まで喋り終える前に、すぐさま返事がきた。

「いいね! 私も丁度考えてたの」

「うちも、うちも! 賛成だよ!」

「ああ。それに、うちらのグループは、すでにメンバーが五人もいるしな」

 そして、みんなで梢ちゃんの方を見る。
 彼女は最初だけ驚いていたけれど、やがて全員の顔を見回すと、自信に満ちた顔でぺこりと頷いた。


 こうしてゴールデンウイークの小旅行は、途中色々とあったものの(反省)、梢という新しい仲間の加入と、素敵な先輩グループとの出会い、そして思わぬ方向性の決定、といった様々なイベントを経て、無事に終了した。

 翌日、島に帰ってきたわたしたちは、何となくそのまま家に帰る気も起きずに、全員がそのまま部室へと寄るのだった。


第三章 ささえ   終

第四章につづく…



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Shooterです。
第三章までお読みいただきありがとうございました!
新年度が始まり、後輩が増えて、さらにはアカペラバンドという一つの活動目標ができた桜良たち。
次の章ではアカペラに欠かせないあるパートが得意な人の勧誘に励みますが…。
是非、お楽しみに!
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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