(16) とんだ再会

文字数 2,081文字

 早百合と別れた日の夜、わたしは部屋で宿題を片付けていた。

 そして、いい時間になったところでベッドに横になっていると、いつかの時みたいに身体の異変を感じ始めた。
 徐々に、鉛のように腕や脚がゆっくりと沈んでいく。冷静に今の状況を考えようとしても、思考が一本にまとまらない。

 そうこうしているうちに、また息が苦しくなって、思わず気を失いそうになる。
 また祠の夢を見るのかな。白く霧がかった意識の中で何となく感じながら、重くなっていく瞼を閉じた。


 しかし、再び目を開けた時、そこは変わらず自分の部屋だった。
 身体は何事もなかったように自由を取り戻している。

 ……あれれ、おかしいな?
 拍子抜けしつつゆっくりと起き上がった瞬間、後ろから誰かの手が視界を奪った。

「だーれだ?」

 まるで悪戯っ子みたいに、無邪気に問い掛けてくる声。
 予想外の状況にびっくりして叫び声を上げそうになるも、今度は別の手で口を塞がれてしまう。

「しーっ!」

 もごもご口を動かしながらだんだん冷静さを取り戻すと、手を引き剝がしてから声の主に尋ねる。

「お姉さん! どうしてここにいるの? ……あ、わかった。実は今も夢の中なんだね」

 夢ならば一安心。ほっと肩の力を抜くと、あの時と同じように頬を思い切り引っ張ってみる。
 うんうん、いた、……い?

 試しに他の場所をつねってみても、やっぱり痛かった。
 ということは、今ここって。

「げ、げ──」

 またも大声を出そうとする口を、お姉さんの手が慌てて塞ぐ。
 幸い、部屋のドアを叩く音は聞こえてこなかった。

 お姉さんは呆れた様子でたしなめる。

「……もう! 今は夜中なんだから。あまり大声出しちゃ、ダメじゃないの」

 そもそも、あなたのせいなんですけど……。
 と、心の中で軽くツッコミながら、へなへなとベッドに座る。お姉さんも自分から右隣に腰掛けてきた。

 ……とりあえず、今の状況をもう一度整理してみよう。

 ここは、確かに「現実」のわたしの部屋だ。
 そこに、夢でしか会ったことのない人が突然現れて、平然と隣に座っている。

 ……あれ、ひょっとしたらわたし、今かなり危ない状況なんじゃ!

 危ないといえば、もう一つ気になることがある。

 夢で会ったお姉さんは、確か白いワンピース姿だった。
 でも、今隣にいる格好は恐ろしく異様だ。それは、まるで古典の資料集に載っていたようなものを彷彿とさせた。

 寝巻姿の女子高生と大昔の恰好をした女性が、夜中同じベッドに並んで座っている。
 この光景は、はたから見れば恐ろしくシュールなものであるに違いない。

 とにかく、この一生に一度あるかないかのピンチをどう脱するか。
 あれこれと考えを巡らせているわたしの気も知らず、お姉さんはとてもにこやかな表情でこちらを見ている。
 その眼差しは、不思議なくらい強い包容力と慈愛に満ちたものだった。

「まったく。また会える、ってこの間言ったばっかりじゃない。もう忘れちゃったの?」

「……い、いや、覚えてはいるけど。まさか、現実の世界で会うなんて思ってなくて」

「まあ、また驚かせてしまったのは、重ね重ね申し訳なく思っているわ」

 本当にそう思っているのかはわからなかったけど、ひとまず深呼吸して胸の動悸を鎮める。
 その間も、お姉さんはおっとりとペースを崩さずに喋り続けた。

「ああ、そういえば。この間は正体を明かさなかったわよね。私は、あの祠にいる神です」

「かっ、か──」

 今度はなんとかして自力で叫ぶのをやめる。
 でも、いよいよ混乱が最高潮に達してきて、またまたご冗談を、と呟くことで現実から目を背けようとした。

 しかし。

「じゃあ、これなら信じてもらえるかしら?」

 そう囁いた瞬間、目の前は急に誰もいなくなった。
 慌てて辺りをキョロキョロ見回してから、まさかと思って鍵のかかった窓から外を眺める。

 案の定、お姉さんは家の駐車場で得意げに手を大きく振っていた。
 それを見て、わたしは最早現実を受け入れざるを得なくなった。

 やがて、元いた場所まで一瞬にして帰ってくると、お姉さんはいそいそとわたしを見つめてくる。
 ……はいはい、わかりました。負けでもなんでもいいですって。

「まあ、神とはいっても、今は名もない神様なんだけどね。私のことはその辺りにして、貴女について一つ伝えたいことがあるの。聞いてくれるかしら?」

 思考を放棄した頭でただ頷くと、その『神様』はまるで急に思い出したみたいに尋ねてきた。

「あ、そうだ。早百合ちゃんとは、あれからどうなったの?」

 一応不法侵入の怪しい自称『神様』とはいえ、一度は親身に相談に乗ってくれた恩人でもある。
 だからわたしはあれから起きたことを、順を追って話すことにした。

 海辺でのこと。合唱部と話し合えたこと。
 そして二人で新しく合唱を始めること……。

 一連の流れを聞いて、『神様』はとても安心したような顔をすると、わたしの目の奥をじっと見据える。

「そう、よかったわね。これで気づいたでしょ?」

「え、何を?」

 ほっそりとした人差し指を眉間の前に立てると、『神様』はおもむろに話しだした。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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