(8) 灯台下暗し

文字数 1,519文字

 気づけば、三人は元の場所に帰ってきていた。
 さっきから何度か声を掛けようとしていたものの、わたしが涙を流しながらへらへら笑っていたから、気味悪がってできなかったみたいだ。

 その時、突然耳の奥で別の女性がシオリさんに声を掛けたのを感じた。
 同じユニットのメンバーらしきその人は、少しだけ出掛けるようだ。

 そしてドアの開く音が聞こえた時、目の前のバーから一人の背の高い女性が出てきた。

 なんだ、そこにいたんだ。
 これを灯台下暗し、っていうのかな。

 わたしは思わず笑みを浮かべて立ち上がると、キョトンとする三人を連れてバーの方へと向かった。

 店に入る直前、シオリさんが再び話し始めたようだ。
 彼女の言葉を耳に刻みながら、わたしは木製のドアを思いっきり開ける。

「……それに、あたしは君が変われるって確信してるんだ。
 だって君にもさ、今のあたしと同じで、君のことを見つけ出して、そして支え合っていけるような、大事な仲間がちゃんといるじゃん!」


 バーの中は、お洒落で落ち着いていた。
 カウンターやテーブルはすべて木製で、奥には簡単なステージが用意されている。

 入るなり、ぶっきらぼうな店員さんが訝しげに睨みつけてきた。
 でも奥から、あたしたちの連れだよー、という声を聞いて、渋々店内に通してくれた。

 テーブル席には、大人の女性たちが数人固まって、仲良く喋っていた。
 そして、カウンターの方には黒くてセンスのいい帽子をかぶった女性と、そして梢ちゃんがいた。

 わたしは走って駆け寄るなり、梢ちゃんの身体を思い切り抱きしめる。
 そして、突然のことにあわあわしている彼女に向けて、精一杯謝った。

「ごめん、梢ちゃん! 一人にして。寂しい思いをさせて。本当にわたしたち、先輩失格だよ。こんな可愛い後輩を置いてきぼりにして、先に行っちゃうなんてさ。かなり反省してる。
 だから、こんなわたしたちで良ければ、これからも引き続き応援して、そしてファンでいてくれないかな。厚かましいお願いだってことはわかってるけど、もう二度と一人ぼっちにはさせないから。
 きっと頼れる、かっこいい先輩でいるから!」

 梢ちゃんも、やがて次第に声を震わせながら喋り始める。

「……わたし、わたし、嬉しいです。こうして見捨てないで、ちゃんと捜し出してくれて。今まで、ずっと怖かった。人と接するのが。自分の夢を追うことが。
 でも、今日シオリさんと出会えて、そして先輩方とも遊べて、とても楽しかった。それだけで、わたし、凄く幸せです!
 だから、改めて伝えます。勝手にはぐれてしまって、本当にすみませんでした。そして、こんなわたしですが、これからも、どうかみなさんのファンでいさせてください!」

 最初は小さかった声も、終わりの方では店中に響くような大きな声になっていた。

 わたしは、梢ちゃんから少しだけ離れると、手を前に大きく差し出す。
 そして後ろを振り向くと、早百合たちもそっと腕を伸ばしてきた。

 四本の手が、そして一番上に小さな手が、綺麗に重なった。


 どこからともなく、拍手の音が聞こえてくる。
 気づけば、『ハミングバード』のみなさんが、口笛を鳴らしながら祝福してくれていた。

 シオリさんが、梢ちゃんに近づいてそっと囁く。

「よかったね。みんなにまた会えて。これからもお互い支え合って、頑張りなよ」

 梢ちゃんは、今まで見た中で一番大きく頷いた。

 その逞しい表情にシオリさんは満足気な顔をすると、ふと何かに気づいたように出入口の方を見た。
 その後、何事もなかったかのように戻ったものの、実はわたしにはしっかり見えていた。

 店の出入口のそばで、ナナ様がにこやかに微笑んで、こちらに手を振っていたことが。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み