(5) 体育祭、突然の再会

文字数 2,082文字

 十月も終盤になり、温暖なこの島もちょっとだけ涼しさを感じるようになった。

 南山高校の体育祭は丁度この頃に行われる。
 といってもここ最近の体育祭は、いつもと少しだけ変わっている。

 それは島の北側、「北平高校」との合同開催ということだ。

 元々音美大島には、多い時で五つの高校が存在していたみたいだ。
 でも、年が経つにつれその数はどんどん少なくなっていき、今では二町にそれぞれ一校ずつしかない。

 そして去年、北平・南山町の合併と新しい街「音美市」の誕生が決まって、その影響で数年以内の二校の統廃合が決まった。 
 わたしたちの代が卒業後、南山高校は廃校となり、島の高校は北平のみになる。
 発表された当初は母校の終幕を惜しむ声や、通学の不便さに抗議する意見も多かったようだ。

 そんな中、統廃合を前に二つの高校が親睦を深めるべく、体育祭や文化祭、修学旅行といった主要行事を合同で行うことを決定し、去年から続いている。
 体育祭は去年が南山高校で行われたため、今年の会場は北平高校の方だ。


 そんな大人の都合は置いといて、生徒の側からしたら、本番は当然のこと、今日の予行練習もわざわざ北平町まで向かわないといけないから、正直とってもめんどくさい。

 とはいえ、いざ競技が始まると予行とはいえついつい熱中してしまう。
 去年は僅差で北平に敗れたみたいだから、今年こそは、雪辱を果たさねば。

 そんなこんなで前半戦が終わり、お昼休みになった。
 最後の障害物競争を終え、疲れたぁ、と思わず漏らしながらテントに戻る。

 今日も紅葉ちゃんと一緒に食べようかと思って、きょろきょろと見回してみる。
 どうやら、入場口から少し離れた所にいるみたいだ。

 いそいそ声を掛けに行こうとしたその時、本部席から放送部のアナウンスが聞こえて来た。

「部活動対抗リレーに出場する予定の生徒は、本部前に集まって下さい」

 放送を合図に、ちらほらと生徒たちがテントから出て行く。
 紅葉ちゃんも、同じ部の人と一緒に本部の方に走っていった。

 それをボーっと眺めながら、また少しだけ憂鬱な気持ちになった。

 
 大半の生徒が出て行き、テントの中はほぼガラガラになる。
 一人でいると次第にもどかしくなってきて、暇つぶしがてら何をしようか考えることにした。

 そういえば、今まで北平高校の中には一度も入ったことがない。
 どうせ他にすることもないし、少しだけその辺を歩いて回ることにした。

 北平高校は南山より規模が大きいこともあって、ちょっと歩くだけでも時間は潰れるかも。
 そういえばこの前クラスの誰かが、購買部の限定商品の話をしていたっけ。そうと決まれば、早速レッツゴー!

 そのままの勢いで校舎に向け駆けだそうとした瞬間、同じように走っていた誰かとぶつかりそうになってしまった。
 とっさによけようとするも虚しく、後ろに大きく尻もちをついてしまう。

 思わず呻き声を上げていると、慌てた様子で手が目の前に差し出された。

「ごめんなさい、急いでいて」

 こちらこそ、とその手を取ると、やがて相手の顔が視界に入ってくる。
 長い髪をした、物腰柔らかそうな女の子だった。

 着ている体操服から、きっと北平の生徒だと思う。
 そしてなぜだかわからないけど、まるでどこかで会ったことがあるような、そんな懐かしさを不意に感じてしまった。

 不思議に思いながら整った顔立ちをまじまじと見つめていると、その子は次第にうろたえだした。

「…あの、どうしました?」

 うんそう、このびくびくした感じ。
 確か小学校の頃仲良くしていた子も、そんな感じだったような。
 いつも、わたしの後ろに隠れていてさ。

 ……あれ、そういえば。

「早百合ちゃん?」

 女の子は急に自分の名前を呼ばれたからか、かなりびっくりして大きな目をさらに開かせる。
 でも、すぐに思い出してくれたのか、両手を口元に当てて叫んだ。

「……ひょっとして、桜良ちゃん? 久しぶりだね!」

 その反応に思わず嬉しくなってきて、ついついもう一度手を強く握る。
 最初はびっくりの方が強かった早百合ちゃんも、徐々にぎゅっと握り返してくれた。

 横峯(よこみね)早百合(さゆり)ちゃんは、昔いつも一緒に遊んでいた、わたしの幼馴染だ。

 久々の再会も束の間、早百合ちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん、桜良ちゃん。私、今から本部の方に行かなきゃいけなくて。部活リレーについての話があるみたいだから」

 またまたその単語を聞いてしまい少しがっかりしたけれど、でもしかたない。
 それによく考えれば、さっきまで急いでいたんだもんね。

「うん、わかった! こちらこそ、呼び止めちゃってごめんね。それでさ、もしよければなんだけど、今日の予行が終わったらどこかで会わない? 色々話したいこともあるし」

 久々の再会だったけれど、早百合ちゃんは昔と同じように快くうなずいてくれた。

 それじゃ、また後で、と名残惜しそうにグラウンドへ向かっていくその背中に、わたしは問い掛ける。

「早百合ちゃんって、何部なの?」

「……合唱部!」

幼馴染の姿は、やがてグラウンドの人ごみに紛れ見えなくなった。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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