(三) わたしのせい

文字数 1,874文字

 それから、立ち上がって部屋中を探したけれど、ピースは全部で六つ、中央部分の一か所だけが綺麗に無くなっていた。

 そこだけ底が白く剥き出しになっていて、惜しくも完成とはいえなかった。

 未完成のパズルを見下ろしながらしばらく黙りこんでいると、外から階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
 その音は次第に大きくなり、やがてドアが恐る恐るノックされる。

 梢が早歩きで駆け寄ると、部屋の外から現れたのは紅葉さんだった。

 紅葉さんはひどく慌てた様子で近づくと、肩を上げ下げしながら尋ねてきた。

「桜良は、大丈夫なの!?」

 まずはゆっくり落ち着かせ、未だに鎌倉で入院していることを伝える。
 真剣な顔で最後まで聞くと、紅葉さんは少し安心した表情で言った。

「そっか。とりあえず、目を覚ましてよかった。今さっき、親から聞いたんだ。桜良のことと、みんなが帰って来たことを。だから、もしかしたらと思って、急いで走って来た。
 実は、みんなが到着したら、伝えようと思っていたことが一つあるんだ。関東に行く前の夜、桜良からラインが来たんだけど、その文の意味がよくわかんなくってさ。それで、心配になって電話したけど全然出ないし、だから、ひとまずそのままにしておいたんだ。
 でも、それからあっちで何かあったって聞いて、いてもたってもいられなくて。ほら、これ」

 そして彼女はコートのポケットからスマホを出すと、さっとその画面を見せてくれた。
 そこには桜良と紅葉さんのやり取りが残されていて、その一部分が指で示された。

『ねえ、想像してみてよ。例えばさ、難しいパズルを頑張って組み立てて、最後になってピースが足りないことに気づくとするじゃん。今まで苦労した分、すっごく悔しくなるよね。
 でも、結局みんなそう。最後までいって、無事に完成、なんてきっとできっこないんだ。
 そして、こうなったのも全部、わたしのせいなんだよ』

 彼女の記した一つ一つの言葉が、鋭い矢となって私の心に突き刺さった。

 桜良は、コンテストの直前、今まで組み立ててきたジグソーパズルを自分で崩して、そして苦しみながら紅葉さんにラインを送った。

 一体、彼女をここまで苦しめたものは何なのか。
 どうして、『わたしのせい』なんて言葉をメッセージの最後に記したのか。

 拳をぎゅっと握りしめて静かに決意すると、私はみんなに向けて叫んだ。

「……私、桜良のこと、もっと知りたい。どうしてあの子はここまで悩んで、そして病院で私たちを拒んだのか。きっと、桜良だけしか知らない何かがあるんだよ。
 だから、それを知りたい。知って、理解して、そして助けてあげたい。だって今までずっと助けてもらってばっかりだったから。
 だから、今度は私の番。きっと、助け出してみせる!」

 精一杯声に出した言葉を、みんなは黙って聞いていた。
 そして、こうしちゃいられないと逸るあまり、勢いよくその場から立ち去ろうとすると、突然野薔薇が強く肩を掴んできた。

「おい、待てよ。今からどこに行くつもりなんだ」

 その問い掛けに少しだけ冷静になると、途端に行く宛てを何にも考えていなかったことを悟る。
 そんな私に、ヤレヤレといった声で彼女は呟いた。

「……ったく。いつも落ち着いてるはずなのに、一体どうしたんだよ。ほら、一緒に考えるぞ」

「え?」

 キョトンとする私に、美樹がニヤッと笑みを向ける。

「あったり前じゃん。うちたちも、桜良にはかなり助けてもらってきたんだもん。だから、早百合一人だけにはやらせないよー」

 梢や椿もうんうんと頷く。
 その横から、紅葉さんが語り掛けてきた。

「早百合さん。桜良のことを思っているのは、君だけじゃない。あの子はみんなを巻き込みながら前に進んだ。
 だからこうして何かあった時にはみんな立ち上がるんだよ。もちろん私もね」

 その言葉に少しだけほろりとしながら、改めて桜良の凄さが身に沁みてくる。
 改めてみんなの顔を見渡して頷くと、椿が恐る恐る私の名を呼んだ。

「……あの、早百合先輩」

「どうしたの?」

 椿は少しだけ悩んだ様子だったけれど、やがて決意したように言った。

「桜良先輩についてなんですけど、一度うちの父に相談してみるのはいかがでしょう?
 あれでも一応神職ですし、実は色々オカルト系方面にも顔が広いので、きっと悩み事とか相談できる人を知っているんじゃないかな、と思ったんですけど……」

 私は椿に感謝を告げると、一旦話し合って、明日の朝病院におじさまのところに行くことに決めた。
 最後にジグソーパズルの小さな穴をもう一度目に焼き付けてから、静かに部室を出た。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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