(4) グループ名は?

文字数 1,476文字

 菫さんの前で曲を披露するにあたって、一応現時点での一番の勝負曲で臨んだつもりでいた。
 でも、演奏が終わるやいなや、菫さんは身じろぎ一つせず淡々と喋りだす。

「……うーん。色々言いたいことはあるけど、第一、バラバラね。全然まとまってない」

 そして黙り込むわたしたちに対し、冷たく言い放った。

「別に、出なくてもいいんじゃない、コンテスト。こんな感じじゃ、ビデオも通んないでしょ」

 何人かのメンバーが思わず反論しようとするのを、わたしはきっ、と睨んで止める。
 そして一歩だけ前に進むと、両方の拳をぎゅっと握りしめながら深く頭を下げた。

「貴重なご意見、ありがとうございます。もの凄く心に沁みました。
 ……でも、わたしたち、まだ諦めません。たとえどんな結果になろうとも、精一杯最後まで頑張ります。だって、折角こうして出会えた仲間たちですから」

 最後まで言い終えると、わたしはじっと目を閉じて唇をかみしめる。

 そのままどれだけの時間が経っただろうか。
 菫さんが穏やかな声で、顔を上げるように言った。

 ゆっくり身体を起こしてから前を見ると、その表情にさっきまでの冷たさはもうなかった。

「ふーん。さっすが、早百合の救世主なだけあるね。案外しっかりしてる。
 貴女たちも、桜良ちゃんと同じ意見?」

 恐る恐る後ろを見ると、みんなはわずかに顔をこわばらせながら、それでもはっきりと頷いてくれた。
 菫さんはそれを確認すると、椅子からすっと立ち上がり笑顔で言った。

「わざわざ音美から来てくれたから、一つだけ課題を出してあげる。私、今度大体お盆が過ぎた辺りで、島に帰省するつもりなの。
 だからその時に、少しでも成長した姿を見せてちょうだい。楽しみにしてるわ」

「……ありがとうございます!」

 わたしが叫ぶのと同時に、後ろからみんなの声も聞こえてきた。
 うんうん、と菫さんは満足そうに頷くと、机に軽く腰掛けた。

「それで、その課題だけど。そうねえ……。よし、決めたわ」

 そして、わたしたちを再びぐるりと見渡すと、声高らかに叫んだ。

「引き続き練習に励みつつ、何か一つ、奉仕活動に取り組みなさい!」

 沈黙が、一瞬部屋中を包みこむ。
 思わず尋ねてしまった。

「……あの。技術的なことじゃないんですか?」

 菫さんが手を横に振りながら無言で否定すると、後ろから椿が声を上げた。

「奉仕活動、って。一応毎週、練習後に活動場所の掃除をしているんですけど」

 その意見に、菫さんは突然、きりっとした表情をすると、すぐさま大声で檄を飛ばした。

「お黙り!」

 その圧に怯んだ椿を、横で梢がそっと支える。
 菫さんは、忙しなく脚を組み替えながら諭した。

「あのね。活動場所の掃除なんて、そんなの当たり前のこと。
 そうじゃなくて、みんなで何か一つ、力を合わせて成し遂げなさい、って言いたいの。わかる?」

「はい、すみませんでした」

 軽く涙目になりながら俯く椿を、早百合がそれとなくフォローしていた。

「とにかく、ただでさえ他のグループより遅れているんだから、精一杯やるだけ頑張ってみなさい。
 そうしたら、少しはマシな感じになれるんじゃない?」

 そう言って、菫さんは壁時計をちらっと見る。
 そろそろ音楽室の方も騒がしくなってきた。

 わたしたちは最後に全員で礼をすると、そのまま並んで準備室を出る。
 その後、駐車場に向かう途中で、菫さんがふと思い出したように呟いた。

「そういえば。貴女たち、グループ名はなんていうの?」

 グループ名……?
 あっ。

 当然ながら、誰も口を開けなかった。
 菫さんはため息をつきながら、追加の課題を指定した。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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