(4) 崩壊の予兆 part 1

文字数 1,698文字

 その日の夜。
 ベッドに腰掛け、腕を組みながら必死でアイデアを練る。

 何とかしてこの状況を打破しなければ、コンテストどころの問題じゃない。

 全員揃ってから初めて訪れたバンドの危機を前に、そもそもの原因のわたしができることはただ一つ。
 それぞれのメンバーとの対話しかなかった。



 翌日。
 音美大社の鳥居を前に、改めて固く心を決める。

 とにかく、今まで通り一人一人と会話して、解決の糸口を見つけてみよう。
 そこで、まずは椿から会ってみることにした。

 前もって約束はしていないけど、果たして彼女と話すことはできるだろうか。
 そわそわしながら境内を通って、家の方へと向かう。

 段々と家の門が近づいてきた時、何やら玄関口から話し声が聞こえてきた。
 そのうち一人は椿で、もう一人は彼女のおばあちゃんみたいだ。

 こっそり気づかれない場所で聞き耳を立てる。
 二人の話し声は、何やらとても深刻そうだった。

「──ねえ、ほんとなの?」

「ああ、さっき病院から電話があってな。アンタの父ちゃんは、検査の結果色々と悪いところが見つかったらしいんよ。
 だから、また入院するらしい。ほんと、あん男は心配ばかりかけて」

「……仕方ないよ。私は平気だから、おばあちゃんも気にしないで」

「アンタは偉いなあ。きっと、母ちゃんに似たんやな」

 思わずちらっと頭を出して、椿の顔を見る。
 おばあちゃんを前に毅然とした態度で振る舞っていたものの、どこか不安げな表情がうっすらと浮かんでいた。

 二人の会話に割って入ることもできず、わたしはそっとその場から立ち去った。


 椿は大丈夫だろうか。
 そう心配しながら、何となく近くのスーパーまで足を向ける。

 ここで少しだけ喉が渇いてきて、何か買って行こうかと店内に向かった。
 飲み物コーナーの辺りをうろちょろしていると、奥の惣菜コーナーに見知った人影を見つけた。

 わたしは不安を一旦喉の奥まで飲み込んでから、明るくその名を呼ぶ。

「こずえ!」

 彼女は呼び掛けに気づくと、軽く会釈してくれた。

 お互いに買い物を済ませ、店前の邪魔にならない場所でお喋りする。
 少しして、わたしは恐る恐る昨日の話を切り出した。

 それを耳にした途端、梢の顔は一瞬で曇り始める。

「ごめんね。暗い話をしてしまって。でもわたし、このままじゃいけないと思ってるから」

 梢はじっと俯きながら、おもむろに呟き始めた。

「わたし、昨日のこと凄く後悔してるんです。なんであんなこと言ってしまったんだろうって」

 わたしが黙っていると、彼女は徐々に声を震わせつつ、話を続けた。

「確かに、今でも早百合先輩の意見の方が正しい、って思っています。でも、言い方があったんじゃないかな、って。
 実は二学期に入ってから、少しずつ馴染めていたクラスのみんなと、段々またよそよそしくなっちゃいまして。でも、わたしには椿ちゃんっていう、音楽仲間で、かけがえのない友達がいてくれたからそれでよかった。特に夏休みに、病院で本気になって怒ってくれたこと。あれ、凄く嬉しかったんです。
 ……でも、昨日そんな椿ちゃんを怒らせてしまった。自分の意見を主張するばかりで、全然椿ちゃんのこと、考えてあげられなかった。その夜、謝ろうとしてラインを開きました。でも、いざメッセージを送信する時、とても怖くなったんです。それで、結局送ることはできなくて、その時初めて絶望を感じました。また一人ぼっちになる。また、誰もわたしを見てくれなくなる。もう、そんなのいやです。また昔みたいに椿ちゃんと仲良くお話ししたいです。
 ねえ、桜良先輩。わたし、どうしたらいいですか? どうか、助けて下さい。お願いします」

 最後に彼女が深く頭を下げるのを、わたしは黙って見下ろしていた。

 本当ならここで、椿なら大丈夫、だとか、きっと仲直りできるよ、みたいな言葉で励ますことができたら良かったのかもしれない。
 でも、どうしてもそのように口が開かなかった。

 それで、結局わたしが取った行動は、何も言わずその場から立ち去ることだった。
 遠くから申し訳ない気持ちで少しだけ振り返った時、後輩は口を開けたままでまだ茫然としていた。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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