(7) シオリさん

文字数 2,516文字

「あたしと君は、さ。ぶっちゃけ、今日初めて会った赤の他人。
 そりゃ、まあそうなんだろうけど、正直言うと、あたし君の中に何か似たものを感じてるんだ。ほんと、今の君って昔のあたしみたいで、はじめましてな感じが全然しなくてさ。
 だから、もしよかったら話してみてよ。大してしてあげられることはないけど、これでも年上だから、聞くことくらいはできるからさ」

「……わかりました。昔からわたし、音楽を聴いたりするのが好きで。それに音感にも少しだけ自信があるから、両親の影響で、結構音楽に触れる機会も多かったんです。繰り返し曲を聴いているうちに、段々歌うことも、好きになっていました。
 でも、わたしはこんな風に動きがとろくて、いつもみんなより、ワンテンポ遅れてしまうんです。体育の時も全然合わせられないし、授業中も、いつも緊張してうまく答えられない。そんなわたしだから、今まで友達もできなくて、ずっと一人ぼっちでした。だから暇があれば、図書室にこもって本を読んでました。読書は、自分のペースで出来るので、気が楽なんです」

 少しだけ自嘲気味に笑うと、梢ちゃんは次第に声を震わせながら独白を続ける。

「中学までは、そんな感じで過ごしていたんですけど、高校生になる少し前から、やっぱり音楽がしたいな、って思うようになって。そんな時、近い歳の女の子たちが歌っているって噂で聞いて、居てもたっても居られなくなって、つい足を運んでしまったんです。そしたら、とても感動しました。やっぱり、みんなでやる音楽って、いいなって、心からそう思ったんです。
 ……でもそれと同時に、自分には無理だ、とも思いました。演奏中の先輩たちは、とても輝いてる。わたしには、一緒に加わるなんて、とてもできない。
 だから、せめてファンとして応援してるということだけを伝えて、すぐに立ち去りました」

「……そっか」

「それ以降も、先輩たちの演奏を聴きに行って、終わったらすぐいなくなるようにしました。でも、ある日急に、本土まで遊びに行こう、って誘われました。今までそんな経験全くなかったので、思わず返事してしまったんですけど、結局みなさんの後についていくことができなくて、こうしてはぐれちゃいました。
 わたしはやっぱり、いるだけで迷惑になってしまうんです。多分みなさん、今頃わたしのことなんて忘れて、どこかで遊んでいると思います。それでいいです。わたしなんかが加われるわけなかった。みんなでやる音楽なんて、最初から無理だったんですよ」

 やがて、梢ちゃんは小さくすすり泣く。その嗚咽が一本一本鋭い棘になって、わたしの鼓膜に次々と突き刺さった。

 梢ちゃんの思いをこうして初めて耳にし、段々と胸が痛くなってくる。
 そうやって今更後悔ばかりが募りだした時、シオリさんが静かに彼女に話し掛けた。

「ほら、ハンカチ。よければ使いなよ。どうせあたしなんかの言うことだからさ、適当に聞いててよね。さっきも言ったと思うけど、あたしはかつて君みたいな子だった。
 今はこんな感じだけど昔は引っ込み思案で、なかなか友達と喋れなくて、高校まではずっと独りだった。本当の自分って一体何なんだろう、そんなしょうもないことを、ずっと考えてばっかだったなー」

「……そう、だったんですか?」

「うんうん。で、気づいたらそのまま大学生になってた。いい加減、変わりたいなぁって思ってた時、テレビでアカペラのこと知ったんだ。その番組に出てた若い子たちは、みんな真剣に、でもとても楽しそうに、それぞれの音を鳴らしてた。
 そんな姿を観て、あたしはこれだと強く感じた。今まで自分を何一つ表現できなかったけど、やっとその方法を見つけられた。そう思ったんだ。
 だから、すぐに楽器屋に行って、楽譜や教本を買い漁った。そして動画を見たり、曲を聴いたりして、頑張って勉強したよ。でも、それからいざ仲間を集めようとした時、思ったの。今まで友達もできなかった自分が、仲間集めなんてできるわけないって。
 だから結局何もやれないまま、時間だけ無駄に過ぎていった」

 ここでシオリさんの話が途切れる。
 まるでその先を話すのをためらっているみたいだ。

 それでも少し経ってから、彼女は再び話を再開した。

「でもね、そんなあたしにも転機が起きた。音美島に親戚がいてさ、休暇期間中に何日かお邪魔したの。そこで気晴らしに南山に登ったんだ。
 登山なんて生まれて初めてだったし、今考えても頭おかしいと思うけどさ。それで案の定道に迷って、雨が降る中ある洞穴に逃げ込んだ。
 震えながら中をよく見ると、隅っこにボロい祠があったのね。それを見て、何でかわかんないけどあたし、自分の気持ちを伝えたくなったんだ。だから祠の前で祈った。あたしにもいつか音楽仲間ができますように、って。そしたら、不思議と心が熱くなって、勇気が湧いてきたんだよ。貴女ならできる、自分を信じなさい、って、目の前で神様が語り掛けてくれているような気がしてさ。
 そんな話、誰も信じちゃくれないけど、でもあの時のあたしには本当にそんな気がしたんだ」

「へぇ……」

「そんで市に戻ってから、勇気を出して周りに呼び掛けてみた。ポスターも作ったし、同じ授業の人に恐る恐る声をかけたりもした。ネットも、フルに活用したよね。で、その結果今こうしてユニットを組んで、運よくメジャーデビューまでできたんだ。
 ここにいるみんなは、全員それぞれ何かを抱えて生きてる。その中身はみんな違うだろうし、詳しくなんてわかりっこない。
 でも一つだけ言えるのは、どんな人間がいても、好きな音楽をやるのに、問題なんかないってことかな!」

 全て話し終えた後、シオリさんはそっと励ますように話し出す。

「……だからさ。自分を変えたい、一歩前に踏み出したいって思うんだったら、きっとできるよ。だって、このあたしが変われたんだもん。
 年上のよく知らないお姉さんに騙されたと思って、まずは勇気、出してみなって! きっと、うまくいくはずだから」

 そして、へへっ、と声に出して笑った。

 梢ちゃんも、ここからじゃわからないけれど、きっと今頃笑顔になっているに違いない。
 そう確信した。
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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