(終) 世界でたった一つの曲
文字数 2,194文字
わたしは何となく歩きたくなってきて、ランニングコースをてくてくと歩き始めた。
スニーカーの乾いた音がリズムよく鳴る。
そのまま進んでいると、やがて屋根付きベンチでナナ様を見かけた。
彼女もまた、桜見物に来たのだろうか。
すぐそばの木の枝からはらはらと花びらが舞い落ちる様を、じっと切なげな顔で眺めている。
ここでわたしは、いつもの仕返しで後ろからそっと近づいて、彼女を驚かせようと決めた。
しかし、徐々に近寄ってあと少しというところで、呆気なく振り向かれてしまった。
「あら、桜良じゃない。奇遇ね」
わざとらしく挨拶するナナ様に対し、少しだけふてくされて返す。
そのままベンチに座り、二人並んで桜を眺める。
しばらく経ってから、彼女は短い言葉でコンサートの感想を言ってきた。
「この間の、良かったわよ。感動したわ」
素直に、ありがとう、と一言返す。
ナナ様との会話は、それだけだった。
本当なら色々と尋ねてみたいことは山のようにある。
でも、彼女の横顔を見ているだけで、どう感じてくれたのかなんていうのは手に取るようにわかった。
わたしたちの間に、最早深い詮索など必要なかった。
わたしがこんな風にナナ様のことをお見通しなように、ナナ様も、わたしのことなんかきっとお見通しなんだろう。
だから今から伝えるこの企みも、彼女には既にバレバレなのかもしれない。
それでも、わたしはあえて気にせず伝えることにした。
そよ風が、二人の間をそっと通り抜けた。
「今日の夕方、福祉館前の砂浜に来て」
夕方。
わたしたちブレスとナナ様は、砂浜で向かい合っていた。
もっとも正確に言えば、わたし以外の人に彼女は見えていない。
けれど、みんなそれをわかった上で、こうして付き合ってくれている。
目の前のナナ様は、少しだけ緊張した顔をしている。
でも、ユラのわたしには自ずとわかった。
彼女はわざとドキドキしながら、この状況を全力で楽しんでいるのだ、と。
相変わらず徹底した小悪魔ぶりに、どこかで安心しながら一歩前に進むと、一通の手紙を足元に置いた。
「後で、時間がある時に読んでよ。ユラから、神様に向けた言葉と思って」
そして元に帰ると、早百合の合図で息を吸い込む。
やがて静かな海辺に優しい音楽が響いた。
実は、オリジナルソング作りの時に、一つだけコンサート向けではない歌詞を考えて、早百合に手渡していたのだ。
その後、みんなに事情を説明して、コンサートの十曲以外にもう一曲、密かに練習していた。
それが、ナナ様というただ一人の女神様に捧げる、世界でたった一つの曲だ。
その曲は数フレーズしかないかなり短いものだったけれど、伝えたい想いは約一分の演奏の間に沢山込めた。
やがて、最後の和音がそっと弱まり、波にかき消されてフェードアウトしていく。
ナナ様は途中から目に涙を浮かべだし、最後にはそっと手を叩いてくれた。
「……素晴らしかったわ。ありがとう、桜良、みんな。私にとって、最高の贈り物よ!」
彼女の賛辞を是非みんなにも聞かせてあげたかったので、前に出てその言葉を代弁する。
目に見えない神様とはいえ、一人の大事なお客さんからの褒め言葉に、思わず全員の顔が綻んだ。
そのままの位置で、みんな何も言わずに海の方を振り向く。
彼方に沈みゆく夕陽までもが、わたしとナナ様と、そして仲間たちの未来をそっと祝福してくれているみたいだった。
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四月になり、わたしたちは全員再び一学年上がる。
最上級生としての自覚は全然湧いてこない。
それに加え、卒業後に神障りが再開するまであと一年を切ってしまった。
今でもたまにそれを思い出しては得体のしれない不安が襲ってくる。
しかし、そんな時はこんな風に考えることにした。
今のわたしには、この島があって、家族がいて、親友たちがいて、音楽があって、そしてとてもお茶目でキュートな女神様がついている。
また、ユラのおばあちゃんいわく、人によって障りの程度にも個人差があるらしい。
だからユラ見習いのわたしにせいぜいできるのはただ一つ。
とにかく自分の、そしてみんなの『幸せ』を毎日願うこと。
今日も出会った人たち全員にとって良い一日になるよう念入りにお祈りをする。
そして、使い古した鞄を手に持って、新年度最初の始業式に向け、いつもの海岸通りを走っていった。
フェリチータ! ~アカペラの女神様~
完
To Be Continued...?
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『フェリチータ!~アカペラの女神様~』最終ページまでご覧いただき、
誠にありがとうございました!
桜良たちの紡いだ二年間の物語、いかがでしたでしょうか?
ここまで読んでくださったあなたの心にわずかでも何か残るものがあれば幸いです。
ここで物語は一旦の区切りとなりますが、これから先続編の構想や、
小説外での活動も色々模索しているので、その際はまた是非お楽しみください。
最後に、イラストレーターのRAVES様、そして読者の皆様、応援してくださった皆様
この場をお借りして再度お礼を伝えさせていただきます。
本当にありがとうございました。
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