(7) 体育祭本番!

文字数 1,903文字

「私がね、合唱を好きになったのは、中学の時からなの。
 桜良ちゃんも知ってる通り、私って昔から大人しくて、いつもびくびくした子だった。自分に自信がなくて、いつも隅っこに隠れてじっとみんなを見ているだけだった。
 桜良ちゃんみたいに、色んな子と仲良くしたかったけど、どうしてもできなかったの」

「うーん、そうかなぁ?わたしは、普通にみんなと仲良くしているように見えたけど」

「あれは、桜良ちゃんがいたからだよ。
 それが、北平に来てからは仲良くできる人が誰もいなくて、すごく寂しかった。正直、学校もあまり楽しくなかったんだ。
 でもね、ある時、音楽で歌の時間があって、その時に初めて勇気を出して、いつもより大きな声で歌ってみたの。そしたら、先生から『早百合ちゃん、歌がすごく上手なのね』って、とても褒められたんだ。
 その瞬間、自分に一つ得意なものができた気がして、すっごく嬉しくなった。それから私は歌うことが好きになって、去年従姉から社会人合唱団の演奏会に招待されたの。そしたらさ、今の桜良ちゃんみたいにすごく感動しちゃった。
 さっきの動画もいいけど、生で聴く演奏は本当にすごいんだよ。それからすぐに、私は合唱の世界にのめり込んだ。色んな動画を観たり、CDを聴いたり、従姉から楽譜をたくさんもらったりして、どんどん好きになっていった。
 私にとって、合唱はありのままの自分を表現できる素敵なものなの!」

 そう言ってはにかむ早百合ちゃんを見ていると、そんな彼女のことがだんだんと羨ましく思えてきた。

「へぇー。すごいなぁ、早百合ちゃん。今こうやって合唱っていう打ち込めるものができて。
 そして高校でも合唱部に入ってさ。わたしってほら、今何にもやってないから」

 私の言葉を聞いて、一瞬だけ早百合ちゃんの顔がわずかに引きつったような気がした。
 でも、その後すぐ笑顔に戻り、何事もなかったように明るく尋ねてくる。

「桜良ちゃんも、やりたいこときっと見つかるって。いっそ合唱とかどう?」

「うーん……。確かに凄く興味はあるんだけど、わたしなんかにできるかなぁ」

「できるってば!」

 その後もしばらく他愛のない話をし、ふと時計に目をやると既に五時を回っていた。

「やばっ! 六時までに帰らないと怒られるんだよね」

「えっ、もうそんな時間なんだ。今日はありがとう。体育祭、頑張ろうね!」

「こちらこそ! またそのうち遊びに行こうよ」

 自転車にまたがり、早百合ちゃんの方を何度か振り返りながら、わたしは家路を急いだ。


 あー、今日は本当に楽しかった。早百合ちゃん、元気そうでよかったな。

 ……でも、お別れした時、ちょっとだけ様子がおかしかったような。
 何か、最後に言いたそうにしていたんだけど、なんだったんだろう……。


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 数日後、いよいよ日曜日。晴天に恵まれた中、合同体育祭が盛大に始まった。

 学校同士の威信をかけた闘いは、最初から非常に白熱したものになった。
 テントの中でわたしもクラスメイトたちと一緒になって応援し、気づいたらあっという間にお昼休憩の時間だ。

 今日は家族も、全員が観に来てくれている。
 お母さんたちと合流すべく、校舎の辺りをゆっくり歩いていると、中庭の片隅で早百合ちゃんを見かけた。

「おーい、お疲れ!」

 なるべく大きな声で呼び掛けてみたけど、周りが騒がしかったからか、気づくことなく、俯きながらどこかへ行ってしまった。

 仕方なく再び歩きだし、程なくしてお母さんたちを見つけた。

「お姉ちゃん、遅いよ! 全部食べちゃうよ」

 本日の主役が登場するよりも前に重箱を広げ、お父さんと妹の桃萌(もも)は既に食べ始めていた。
 物を口一杯に含みながら、桃萌が急かしてくる。

「ちょっとちょっと、なくなっちゃうじゃない!」

 急いでシートに座ると、せっせと自分のおかずを取る。
 なおも獣みたいにがつがつ食べ続ける妹を横目に見ながら、お母さんにさっきあったことを伝えた。

「そこで早百合ちゃんとすれ違って、せっかくだからご飯にでも誘おうかな、って思っていたんだけど、難しい顔で考え事してて、聞こえなかったみたいなんだ。一体どうしたのかな」

 すると、「貴女と違ってしっかりした子だから、色々考えることとかあるんでしょ」と呆気なく受け流され、思わず頬をぷっくり膨らます。

「わたしだって、それなりに色々考えてるもん」

 その後、最後のおかずを巡ってばちばち火花を散らす姉妹を眺めながら、お母さんは小さく呟いた。

「でも、あの子、昔からよく何考えているのかわからないところがあったのよね」
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登場人物紹介

遠矢 桜良 (とおや さくら)

 この物語の主人公。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 幼馴染の早百合との再会により、合唱に興味を持ち始める。

 ひょんなことから島の女神との交流により、自身が『ユラ』の資質があることを知らされる。

 前向きで社交的な性格だが、悩みを抱え込む癖がある。

横峯 早百合 (よこみね さゆり)

 桜良の幼馴染で良き理解者。北平高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではボーカル・コーラスを担当する。

 従姉の菫の影響で合唱音楽にのめり込み、高校では真っ先に合唱部に入部した。

 音楽への信念と確固たる実力を併せ持ち芯も強いが、反面融通が利きにくいところが玉にきず。

相星 美樹 (あいぼし みき)

 桜良と同学年。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではコーラスの高パートを担当する。

 スポーツ大好き少女で、特にバスケが得意。体幹と安定した高音を活かしグループを引き立てる。

 ノリが良くムードメーカー的存在。勇気を出すのに少し時間がかかるところがある。

藁部 野薔薇 (わらべ のばら)

 桜良と同学年で美樹のクラスメート。南山高校の一年生(後に二年生)。

 Bleθ ではベースパートを担当する。

 ビジュアル系ロックバンドのファンで、派手な風貌・荒い口調で一見とっつきにくいが、心は誰よりもロマンチストで乙女。

 面倒見の良い姉御肌でグループの大黒柱。

稲森 梢 (いなもり こずえ)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではコーラスの低パートを担当する。

 絶対音感の持ち主で、早百合に負けず劣らず音楽への情熱と知識があるが、

 引っ込み思案のためずっと仲間の輪に入ることができなかった。

 打ち解けるとたまに鋭い毒を吐くようになる。

酒瀬川 椿 (さかせがわ つばき)

 桜良たちの一つ後輩で、北平高校の新一年生。

 Bleθ ではヒューマンビートボックス(ボイスパーカッション)を担当する。

 由緒正しい神社の家に生まれ、厳しく育てられる一方、動画配信サイトでは人気の生主として活動している。

 ツンがかなり強めだが真面目で頼りになる存在で、梢や野薔薇といいコンビである。

ナナ様

 島に古くからいる神様の一人。元々名無しの神だったが、桜良によって「ナナ様」と名付けられる。

 桜良にとってのお姉さん的存在であり、頼りになるあるじだが、

 悪戯好きで小悪魔な性格で、桜良によくちょっかいをかけからかっている。

 万能な存在である故か、人間特有の感情の機微に疎い。

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