(終) 最悪のクリスマス
文字数 2,172文字
目を覚ますと、そこはさっきまでいた高いホールではなく、低くて白い天井が視界に迫ってきた。
鈍い頭の痛みに堪えながら辺りの様子を伺うと、どうやらどこかの病室みたいだ。
壁にかかった時計は、丁度七時を差していた。
窓から見える景色から、今は夜なのだとわかる。
果たして、どれくらい眠ったのだろう。
確か、歌い始めが四時少し前で、倒れてからずっと気を失っていて、今が午後七時。
と、すれば三時間程だろうか。
いや、もし日付が変わっていたりしたら、それ以上かも……。
そこまで考えて、ふと今の自分が割と目まぐるしく頭を動かせていることに気づく。
あれほど強く頭を打ったはずなのに、よくこんなに平気でいられるものだ。
島に帰ったら、お父さんやお母さんに、丈夫な子に育ててくれてありがとう、って伝えなきゃ。
ぼんやりそう思ってつい苦笑いしていると、横開きのドアがそろりと開いた。
隙間から覗く大きな瞳は、わたしの姿を捉えるとすぐにいなくなる。
そして、次の瞬間叫び声と共に、廊下から美樹が駆け寄ってきた。
「桜良が、目を覚ました!」
後から他のみんなも現れる。
それぞれ目に涙の粒を湛えながら、大声で口々に話し掛けてきた。
きっと後で全員注意されるんだろうな、と思いながら、それでもやはりそれとなく嬉しさを感じた。
野薔薇が今まで見たことないくらいの泣き顔で迫ってくる。
そして、声を震わせながら叫んだ。
「……馬鹿。馬鹿桜良め! なんで何も言ってくれなかったんだ。もの凄く心配したんだぞ。
体調が悪いなら、先にしっかりとそう言えって」
「野薔薇ね、ずっと落ち着かずにあたふたしてたんだよ。桜良が死んじゃう、誰でもいいからどうか桜良を助けてくれ、って何度も何度も呟きながら。だから、少しだけ勘弁してあげて」
早百合が涙を光らせつつニコッと笑う。
それを聞いて野薔薇の顔が瞬時に真っ赤になった。
「おい、言うなよ!」
その慌てぶりに、思わずみんな笑い始める。
顔はぐしょぐしょなのに、それでも互いに見つめ合って、笑っていた。
わたしも、できることならそれに交ざりたかった。
でも、やっぱり、どうしても素直にはなれなかった。
「……ねえ、早百合。今日は何日?」
声のトーンも予想以上に低くなってしまう。
尋ねられた早百合は、少しだけ顔を曇らせるとぼそっと囁いた。
「二十五日だよ。あれから、一日経ったの」
そっか……。
わたしは俯いて、静かに懺悔する。
「……わたしのせいで、コンテストを台無しにしちゃった。みんなでできる最後の演奏だったのに。
ずっと、このために練習してきたのに!」
「桜良!」
野薔薇が怒鳴る。
きっ、とこれでもかとわたしを睨みつけながら言った。
「そんなことは、どうだっていい。私たちはお前さえ元気になってくれれば、それでいいんだ」
「そうだよ! うちも、すっごく嬉しいもん。桜良とまたこうやって話せて」
「はい。桜良先輩がいなくなってしまうなんて、考えたくもありませんから」
横から口々に、みんな優しい声を掛けてくれる。
でも、それでもやっぱり、自分を許すことはできなかった。
だから、彼女たちに目を合わせることもせず、冷然とした声を浴びせる。
「……ごめん、出てって。もうわたしは、みんなに合わす顔なんてないの。
もうみんなとは、会いたくもないんだ。じゃあ、ね」
力強くわたしに振り上がった野薔薇の拳を、慌てて他のみんなが抑える。
やがて悔しそうにうな垂れる彼女を先頭に、全員が病室を出ていく。
ドアが閉まる音が名残惜しげに耳にこびりついた。
病室内は再び一人だけになる。
ふと、手の甲に水滴が一つ落ちた。
雫はさらに増えて、シーツまで少し濡れてしまう。
段々視界が霞んでくる。
さっきは、みんな大泣きしている中、全然泣かなかったのに。
今になって溢れ出た涙は、とどまることを知らず、頬を伝って流れ続けた。
しばらくして、目元だけそっと拭うと、窓の外へと目をやる。
さっきまで、空は真っ暗だったのに、今はちらほらと白い粉雪を見ることができる。
今日は十二月二十五日。
これが噂に聞くホワイトクリスマスっていうものだろうか。
関東って、やっぱり凄いや。
島じゃ、まず拝められない景色を目にすることができる。
それなのに。
そのはずなのに。
生まれて初めて見る雪は、これっぽっちも嬉しくなんてなかった。
ただひたすらに、哀しい白色に心が染まっていくのを感じながら、わたしはそっと静かに、ベッドの照明を消した。
第六章 さわり 終
* 最終章に行く前に、早百合目線で少し前の出来事から綴る、
『幕間 ~Sayuri Side~』を是非お楽しみください……
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Shooterです。
第六章までお読みいただきありがとうございました!
とんでもないところで終わってしまいましたが、果たして桜良は大丈夫なのか……?
そして、このままBleθはどうなってしまうのでしょうか……?
いよいよ最終章ですが、その前に早百合目線で物語を補完する、
「幕間 ~Sayuri Side~」を是非お読みください!