第50話

文字数 1,328文字

 義翔はいてもたってもいられず「俺もここに住む!!」と言い出した。すると廊下の騒動に聞き耳を立てていた桃乃が座った姿勢のままふすまから顔を出した。急に現れたつぶらな瞳の老婆に皆は静まり返り「だれ?」と注目した。春花は手の平を桃乃に向け示した。

「ここの大家さん。すごくいい人なんだ」
 『大家さん』と聞いた義翔は桃乃の前まで行くと座った姿勢の桃乃に合わせて正座をし、「はじめまして」と一礼をすると桃乃の目を真っ直ぐに見ながら話した。
「春花さんの友人の東宮義翔といいます。急なご相談なのですが、僕もここに入居させて頂けませんか?」

 春花から2階の部屋がひとつ余っていると聞いていた義翔はそこに住もうと決意していた。桃乃が口を開く前に仁が言った。
「残念ながら2階の部屋は2つとも俺が借りている。事業を興すためのスペースが必要になったからな」
「え!?だってさっき春花ちゃん1部屋空いてるって」
「春花は知らなかっただけだ。最近借りたばかりだから」

 仁は少し嘘をついた。本当は義翔が来てすぐ春花に空き部屋のことを聞いていたので、急いで桃乃のところへ行き、急遽もう一部屋借りたのだ。桃乃がこれ以上入居者を増やすつもりがないことは知っていたが、気が変わるということもあり得るので念のためである。

 春花は義翔が安いアパートを探しているのかと勘違いをした。
「そういえば愛羅ちゃんたちの部屋、同居人が1人居なくなったから新しい人探してるって言ってなかったっけ?」
 愛羅たちのほうを見ながら問いかける春花に、愛羅、詩歌はニヤリと笑った。
「そーそー!!ちょーど探し中!!
「あたし等の部屋に住めばいいじゃん!!
 義翔は青ざめた。
「ふざけんな!なんでおまえ等と住まなきゃならないんだ!!
 仁がご機嫌に微笑みながら言った。
「よかったじゃないか。新しい入居先が決まって」
 義翔は興奮して立ち上がった。
「ここがダメなら向かいのマンションでいい!!俺はここから(春花ちゃんから)離れる気はない!!

 その後夕方までトランプなどをして遊び、春花と仁がバイトの時間になったのでお開きとなった。

 マンションに帰った義翔は部屋の窓から2人が手をつないで出勤する姿を見ながらモヤモヤとしていた。
「なんで付き合ってないのに一緒に住んで手を繋いで同じバイトに行くんだ!?
 ベッドに寝転ぶ愛羅がスマホで仔犬の育成ゲームをしながら言った。
「仁がそういうふうに持っていってんだよ。仁みたいなヤツは手強いと思うよ」
 銀次とトランプをしている詩歌は「仁は粘着質だからなぁ」と言い、彼氏とLEINをしている環奈は「あいつ浮気してやがる」とつぶやいた。
 愛羅たちの前では父親ということになった銀次は詩歌からババを抜きながら「そんなに好きなら告白すればいいだろ」と父親っぽい口調で言った。

 その頃、春花と手をつなぎながら歩く仁は考えていた。
【東宮義翔。東宮グループの息子。あのときは春花のことで取り乱していて聞き流したが、まさかあいつが義翔だったとは。たしかによく見れば面影はある。あいつは昔から俺の大事なものをことごとく奪っていった。何故こんな場所にいる?あの学園よりも偏差値の低い大学にわざわざ通う意味はなんだ?】
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