第11話

文字数 1,020文字

 春花と凛花はスーパーに、お一家族様ワンパック限り98円の卵を買いに行って帰る途中だった。ついでにもやしも買ってきた。春花はもやしが傷まないか心配になったが、それよりも雀の命のほうが大事なので、もやしが傷むことは諦めた。

 仁の部屋に上がった春花と凛花はキョロキョロと部屋を見渡していた。真新しい室内にはエアコンやパソコンが設置され、一見快適そうで綺麗な部屋ではあるが、物がほとんど無く、人が生活している感じがしない。

「おふろとトイレがあるよ!」
 勝手にドアを開けた凛花が叫んだ。対して春花は焦りながら凛花を叱った。
「人ん家のドア勝手に開けちゃ駄目!」
 凛花は「いしししし」とごまかし笑いをしながら春花の隣に座り、ローテーブルに置かれた雀を見るなり「ポカリがくるまでがんばってね!」と声をかけた。雀は、裏にカイロが貼られている洗い済みの弁当の空容器の上に、タオルで5重に巻かれた姿で乗せられて保温されている。 

 凛花は雀を見ながら少し不満そうに言った。
「りさちゃんばぁばぁん家行くって言ってたよ?車もおばさんの車しかないからばぁばぁん家に行ったんだよ。じんは行かないの?」
 その言葉で春花は、凛花が仁にいきなり声をかけた理由を理解した。優しい子である凛花が愛おしくて思わず頭を撫でた。
「どうなんだろうね」そう返しながらも、年上である仁を呼び捨てにしていることが気になり、注意ばかりするのは嫌だったが、注意しなければ同じことを繰り返すと思い心を鬼にした。
「年上の人を呼び捨てにするのも駄目なんだぞ?」と言いながら凛花の両頬を両手で包んで額と額をくっつけた。
 
 春花は考えていた。隅に設置されている調理台とその横にある冷蔵庫と洗濯機、それに部屋にある小さな玄関から、学校で噂されている『1人で住む部屋に追いやられた』というのは本当らしいという結論しか出てこない。

 『性格が悪い』という噂もあるが、実際に関わった感じでは弱った雀を助ける優しさがあり、口ぶりや仕草も紳士的でとてもいい人に見えた。そんな彼が両親を亡くし、学校では悪口を言われ、引き取られた家族にはのけ者にされ、朝晩の食事はこの殺風景な部屋で1人でとっていることを想像すると胸が痛くなった。加えて凛花が開けたドアが家に通じていないのなら、家に通じるドアは無いということになり、完全に孤立している。

 そうこうしているうちにカンカンと階段を上る足音がして振り向くとドアが開き仁が帰って来た。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み