第24話

文字数 1,634文字

 この日、仁は春花と一緒にいつものように夕食をつくり、凛花と3人で食事を終え、パソコンもスマホもない為やることのない凛花がテレビを見る傍らで、いつものように春花に勉強を教えていた。

「いつもありがとう。塾も行かずに理路高校合格できたのは仁くんのおかげだよ」
 何度も聞いた言葉だが、仁は何度でも「合格できたのは春花が頑張ったからだよ」と答える。仁は春花に勉強を教えながら、春花の綺麗な文字に視線を落とし、春花の闇に気付いたときのことを思い出していた。
 
 仁が初めて羽鳥家に来た日、羽鳥家お手製の人生ゲームをした。そこにはあきらかに違う2種類の文字でマスが埋められていた。ひとつは丸くて可愛らしい文字。もうひとつは大人びた綺麗な文字。当時まだ6歳だった凛花は字が下手な上に漢字も書けなかったので、マスを埋めたのは春花と葵しかいない。
 マスに書かれた内容には『浮気』マスが多く『離婚する』マスでは『スッキリしたので10マス進む&慰謝料を200万円ふんだくる』と書いてあった。仁は最初それを書いたのは葵だと思っていた。理由は書いてある内容と、その文字が大人びた綺麗な文字の方だったからだ。

 その後羽鳥家に入り浸った仁は春花と一緒に冬休みの宿題をした。そのとき初めて春花の字を見た仁は驚いた。葵が書いたと思っていた大人びた方の字を書いたからだ。しかし、もしかしたらあらかじめ皆で決めておいた内容を2人がランダムに書いただけかもと思い、確認をした。マスの内容を全て書くのは大変だったのではないか、どうやって埋めたのかと。
 すると春花は「お母さんとわたしが思いついたことをそれぞれ適当に書いただけだからそんな大変じゃなかったよ」と答えた。それを受けて仁はやはりあの内容は春花の心の中にあるものだと確信した。と同時に自身が春花に惹かれた理由が分かった気がした。春花と仁は根本的には似たもの同士なのだ。ただ違うのは、春花は愛情をたっぷり与えてくれる母の元で育ったということだ。
 しかしお互いに違う種類のトラウマを持つことで『仁は全ての感情を』『春花は恋愛に関する感情を』無くしてしまったのだ。

 仁は、春花が恋愛への感情を無くしてしまった原因は浮気をして離婚したという春花の元父親にあるのではないかと考えるようになった。だから春花の前で浮気を嫌悪する言動をとってみたり、世の中には浮気をしない男のほうが多いことを話したりもした。しかし春花は諦めたような微笑を漏らしながら淡々と言った。
「本能的には1人でも多くの女性に種を撒きたくても法律や世間体が怖くて出来ないだけだよ。男性はそういうものなんだから仕方がないと思っている」

 それには仁も頭にきて「俺は違う」と怒り口調で返してしまった。それに対して春花はハッとして申し訳なさそうに謝った。
「ごめん。仁くんのことを言ったつもりじゃなかった。けど仁くんもよく考えたら男だから仁くんのことにもなるね。仁くんは違うと思う。ごめん」

 春花は仁を不快にしてしまったことに対してのみ謝っていた。『仁くんは違うと思う』というのは本音ではなかったが、これ以上仁を不愉快にさせたくはなく、自身の意見を押し通すことに意味を見いだせなかったのでそう言ったのだ。仁が男である以上やはり多くの女性に種を撒きたいのが性であり、それは仕方の無いことで、だからといって『仁』という1人の人としての人格は好きなので、出来ることなら性別のことは忘れて仲良くしたいというのが春花の本音だった。

 一方で仁は春花が自身を男と認識していないことも男が浮気するものだと決めつけていることも心底嫌だった。だからと言ってどんな言葉を並べ立てても春花の心は変わらない気がした。だから言葉じゃなく誠実な態度でずっと春花に接してきたつもりだった。けれども5年経った今でも春花が仁に振り向く気配が全くない。

【一体どうすれば振り向いてくれるんだ……?】
 仁は四六時中そのことで頭がいっぱいだった。
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