第39話

文字数 1,815文字

 それから3年が経ち、快俐も仁と同じ精良大学に入学していた。春休みが明けて一ヶ月ぶりに見る仁は相変わらず春花の隣を陣取り、まるで付き合ってますという空気をさも当たり前のように醸し出している。高校の制服姿から見慣れないスーツ姿となった仁と春花を見るなり快俐は、もう自分たちは成人なんだと再認識した。

「また同じ学校だな。よろしく」仁の肩を一瞬抱いてすぐにほどくと春花にも「よろしく」と笑顔を向けた。

 快俐は常々思っていた。この世に女はごまんと居るのに脈のない女にこだわり続けられる仁を凄いなと。そして、それだけ好きになれる相手がいて羨ましいとも。だが同時に、もし自身が仁の立場なら自身に気のない相手にあそこまでの付きまといは気が引けて出来ないと感じているのも事実である。それでも一途な仁の恋が実ってほしいと思っており、会ったら渡そうと思っていた、母からもらった試写会のチケットを内ポケットから取り出した。

「母さんが都合悪くなって行けなくなったからってくれたんだけど、俺も都合悪いから、よかったら羽鳥さんと行ってきて」
 快俐は仁と一緒にいる春花にも笑顔を振りまきながら仁にチケットを渡した。春花が横からチケットを覗き込むなり「この日、仁くんの誕生日だ」と目を丸くさせた。快俐と仁は長年の付き合いであるにも関わらず互いに誕生日プレゼントのやり取りは1度もしたことがない。高校までは仁の誕生日が春休み期間だったということもあるが、単純にお互い気を遣うのが面倒なのだ。しかし今回は偶然とはいえ春花とデートというプレゼントをした形になった。

 それから3日後の4月4日、仁の誕生日であるこの日、元々バイトを休みにしていた春花と仁は、毎年羽鳥家で行っていた仁の誕生日パーティを急遽取り止め、試写会へと出かけていた。

「学校とスーパーとバイト先以外に行くの久しぶり」
 そう言いながら電車を降りた春花は、以前、仁に買ってもらった紺色のワンピースを身にまとった姿で微笑んだ。仁は春花がテレビの中の女優が着ている紺色のワンピースを物欲しげに見ていたので同じ服をネットで探してプレゼントしたのだ。春花は心底喜んだ。服を着て心が躍るなんてことは滅多にない春花ではあるが、ハイウエストで柔らかいフォルムをした、シンプルでありながらもフェミニンチックな紺色のワンピースは一目惚れで特別だった。

 自身があげた服を着る春花がいつにも増して可愛く見える仁は思わず心の声を口に出していた。
「それいつも着ればいいのに」
「だめだよ、これはお出かけ用なんだから」
「他にも買ってあげるから」
「だめだって。仁くんアルバイトのお給料お母さんや凛花やおばあちゃんや私の物ばかりに使ってるじゃない」

 仁は本来ならもっと沢山の物を春花にプレゼントしたかった。しかし働いていない学生の身である仁からの、学生の分を超えたプレゼントは保護者の金であるからと葵も春花も受け取ってはくれなかった。たしかにそれはそうだった。幼い頃から金が当然のようにあるものだった為、そのことをすっかり忘れていたのだ。ならばバイトで稼いだ金なら文句はないだろうと、仁を家族のように大事にし、温かな居場所を与えてくれている桃乃荘の住人全員に感謝の気持ちを込めてプレゼントをしたのだ。

 少し前を歩いていた春花は繋いでいる仁の手にもう片方の手を重ねて引きながらうれしそうに言った。
「今日は仁くんの誕生日だから試写会終わったらご馳走食べるよ!期待してて!」頬を染めながら嬉しそうに言う春花を仁は抱きしめたい衝動にかられたがグッとこらえた。

 試写会をする会場は駅から徒歩7分の場所にある。街に溶け込んだビルの2階でエレベーターを降りると、すでに長蛇の列が出来ていた。家を出てからずっとそうではあったが、すれ違う人々が春花の左頬の傷にギョッとした顔をする。それに春花は少し嫌な気持ちになる。しかし頬に傷が出来てから明らかに気持ち悪い視線が減っているのもまた事実であり、春花にとっては性的な気持ち悪い視線で見られるよりは数倍マシだった。

「試写会始まる前にトイレ行っておきたい」
 春花は仁にそう告げるといそいそとトイレへと向かった。トイレも混んでいて、5分ほどかけでなんとか終えた春花はトイレを出てすぐに人とぶつかった。
「すみません!」
 お互いに謝りながら顔を見合わすなり「あ!」とお互いに声を上げた。
 ぶつかった相手は東宮義翔だった。
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