第9話

文字数 1,148文字

「親が事故で死んだから養子になったらしいよ」
「かわいそう!」
「悪態ついて暴れて家族全員に嫌われたから1人で住む部屋つくったんだって」
「性格悪いのかな?」

 皆の好奇心を満たすための噂には嘘が交ぜられてゆき、しまいには「モデル事務所に所属しているらしい」などという訳の分からない噂まで湧いて出た。
 仁はそれらの噂をくだらないと見下しながらも、クラスメイトなど実際に関わる児童たちには好印象を持たせることに成功していた。

「あんな噂気にすることないからな?」
「サッカーしてから帰ろうぜ!」

 クラスメイトの男子たちに囲まれて歩く仁は常に微笑みながら受け答えをした。クラスメイトたちは一見『優しくていいヤツら』だ。だが野球やサッカーやパーティを組むオンラインゲームなどで足を引っ張る者には当たりが強く、のけ者にしている。運動神経のいい仁は、野球であろうとサッカーであろうとそつなくこなし、頭の回転も早い為、パーティを組むオンラインゲームなどにも強い。しかし個人での対戦型パーティゲームでは適度に負けるようにしており、『一緒にいて楽しいヤツ』というキャラを演じるように努めている。

 しかし本当の仁は無表情、無感情であり、青空や花や宝石などを見ても綺麗だと感じることは無く、そのへんに転がる石ころとの違いが分からない。正確に言えば、強いショックによるストレスにより、一部の記憶と共に感情を忘れてしまい、どう感じていたのか思い出せないのだ。

 記憶のほうは概ね覚えてはいるが、一部モヤがかかったようにはっきりとしなかったり、虫食いのように所々全く覚えていない箇所がある。
 母親は韓流好きでいつも韓流俳優の話をしていた。父親は頑固者で世間体ばかりを気にしていた。たまに家に来る祖父はそんな父親によく駄目出しをしていた。そして、それらの記憶と同時に、蚕の繭の映像が鮮明に脳裏に映し出される。それが何なのか、なぜ蚕の繭なのか分からない。しかし仁にとって記憶を失ったことよりも無感情であることの方が苦しくて仕方が無く、どうにかしたかった。無感情ではあるが苦しみのみを感じる無感情なのが厄介なのだ。

 一方で無感情であるがゆえに恵梨香から受けたいじめに傷つかずに済んではいた。むしろ意地悪をする人間の表情や声色、行動パターンなどを分析しており、結果分かったことは『意地悪をしているときの人間は客観的に見て醜い』だった。

 けれどもそんなことは仁にとってはどうでもよく、ただ常に求めているものは、『感情』を『感じる』ことであり、しかしだからといって、醜い類の感情には興味がなく、美しいと言われる類の感情――たとえば思いやりや労りや優しさや愛情――といったものを求めていた。

 そしてその感情を思い出したのはその年の冬休みのことだった。
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