第4話

文字数 1,686文字

 大学の入学式であるその日の朝、義翔はクローゼットを開けるなり悲鳴をあげた。
「なんでおまえがここに居る!?てか服とかは何処へやった!?

 クローゼットの床部分に布団を敷いて寝ている、とんがり帽子のナイトキャップをかぶった銀次に義翔は激怒した。
 銀次はアクビをして起き上がると、めくれた掛け布団から筋肉質な裸体の上半身をさらしながらナイトキャップ越しに頭を掻き、呑気な口調で言った。

「いやぁ、ちょうど昨日がマンションの更新日デシテね、ほら、坊ちゃんが屋敷出てここに来ちゃったからワタシも勤務先がここになった訳で、通勤が遠くなっちゃった訳デスよ。なのにこの前も夜中にアイス食いてぇなんて呼び出す始末でショ?まぁワタシもドザエモンが押し入れで寝てるのとか子どもの頃から憧れてマシタし?ここに住んでもいいかななんて?」
「ふざけんな!!住んでいい訳ないだろ!!そもそもドザエモンは押し入れであってクローゼットではない!!」そのときハッとした。「そういやおまえ、部屋探してるときやたらクローゼットのデカさにこだわってたよな?部屋が多少小さくなってもクローゼットは最低1.5帖は必要だって勧めるからここに決めたわけだが……」
「いやぁ、おかげで足伸ばして寝ることが出来マシタわ」
「ふざけんな!」 
 義翔はと敷き布団ごと銀次を引きずり出してひっくり返した。するととんがり帽以外は全裸の姿が現れた。それに突っ込むこともなく義翔は怒り続けた。

「俺の服や鞄はどこやった!?
「やめてクダサイよ。トゥルーシリーパー高かったんデスから~」銀次は敷き布団を撫でながら悲痛な声で訴えたのち続けてしれっと「服も鞄も捨てマシタよ。ハイブランド着ている貧乏人なんていまセンからね」と言い、全裸のまま四つん這いでクローゼットに戻ると、隅っこに置いてあるビニール製の白いショップ袋をガサゴソとあさり始めた。「ちゃんとファッションセンターしましまで買った服と鞄を用意しときやシタ」袋から取り出した服は、前面にでかでかと英語が書かれた赤いトレーナーに、赤と緑のチェック柄のポケットが10個付いた黒い綿パンだった。

「ふざけんな!こんなダサいの着れるか!つか今日は入学式だぞ!!スーツも捨てたのか!?
「坊ちゃん、言っときマスけど貧乏人はヘルメスのスーツなんて着まセンよ?」
「パッと見はただの黒スーツだろ!それに他の服だってロゴ控え目のパッと見普通の服と変わんないのしか持って来てないしな!」
「パッと見でも見る人が見れば分かるんデスよ」
「だとしてもだ!フツー俺にひとこと断るだろ!こうなったらおまえのスーツをよこせ!!
「いいデスけど半年くらい洗ってねぇからなぁ~」
 そう言いながら差し出した銀次のスーツからは加齢臭が漂っていた。
「くっさ!」義翔はスーツを床に叩きつけた。
 銀次はスーツを拾って撫でると「ひどいなぁ。やめてクダサイよ。パワハラでスヨ」と悲しげでありながらもどこか演技じみた声を出した後、再び赤いトレーナーを手にすると義翔の前に広げて見せた。
「それよか、これ、よく見てクダサイ。この英語に何て書かれているのか」
「ハ?」義翔は眉を寄せながらもトレーナーに書かれた英語を読み上げた。
「アイアム ラヴハンター……」
「ね?坊ちゃんにピッタリでショ?」
「ふざけんな!!」義翔はトレーナーを床に叩きつけた。
「このズボンなんてポケット満載で利便性バッチリグッドでスぜぃ」
「何がバッチリグッドだ!!ポケットなど2つあれば充分だろ!!こんなにあったら逆にどこに入れたか分からんくなるわ!!つぅかこのチェック柄も一体なんなんだ!!なんでわざわざ柄を入れたんだ!!
「まぁまぁ、そんな興奮なサラずに。こんなのも用意しておきマシタ」と言いながらショップ袋から取り出したのは緑色のチョッキだった。それを渡された義翔はワナワナと震え始めた。
「こんなの着れるか!!俺はきこりじゃねぇぞ!!!」

 そうこうしているうちに入学式の時間が押し迫り、結局それを着て家を出た義翔は通学路付近にスーツを売っている店は無いのかと探しながら駅へと向かった。
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