第16話

文字数 1,205文字

『恋人が浮気』『配偶者が浮気』のマスがやたら多く、『離婚する』マスでは『スッキリしたので10マス進む&慰謝料200万円ふんだくる』となっており、葵の私情が垣間見れた。次いで目に付くのが貧乏マスで、『もやしを毎日食べてもやしマスターになる。もやしの妖精が見えるようになり、異世界への扉券をGET』『先着3名様限り1パック3円の卵をゲットする。戦に勝ったので3マス進む』など、貧乏への前向きさが伝わって来る。

 車の代わりにはペットボトルの蓋が使われており、中には粘土が詰められていてそこに人間に見立てたマッチ棒を刺す。先端が赤いマッチ棒は女性で黒いのは男性である。

「『夜中に池の中から人影が現れたのでカッパかと思ったらシャンプーハットをかぶった変質者だった。5マス戻る』また戻るマス~」
 残念そうに言う葵の次にサイコロを振った春花が言った。
「わたしなんて『部屋の掃除をしなかったらキノコが生えたので食べた。毒キノコで入院。1回休み』だよ」

 次にサイコロを振った桃乃が「おお……これは……」と固まった。葵と春花と凛花が声を合わせて「どうしたの?」と聞くと「老眼鏡がないと読めん……」と四つん這いになってコマに顔を近づけた。

 葵と春花が「読むよ」「大丈夫だから」と優しく桃乃の肩や背中に手を添えながら元の席に戻るように促していると「あたしがよんであげる!」と凛花が張り切った声を出した。
 全マスの漢字にはふりがながふってあり、まだ1年生の凛花にも読めるようになっているのだ。

 凛花が得意げに読み上げた。「『くつをしちゃくしたら店員がそのくつさっき水虫の人がしちゃくしてましたよとおしえてくれた。メンタルやられて1回やすみ』」「また休み~?これ作ったの誰よ?」葵が春花にフると春花は「わたし達だよ」とフリに応えた。と同時に葵と凛花の笑い声が広がった。

 仁も雰囲気に合わせて笑顔をつくり、その様子を眺めながら、羽鳥一族と桃乃をうらやましく思っていた。全ての記憶は無いが何となく分かる。仁にはここの人たちのように気の置ける関係は誰とも築けたことがないし、愛されたこともない。

「次、仁くんだよ」
 気付けば隣に座る春花が笑顔で覗き込んでいた。彼女と目を合わせた仁の鼓動が大きく波打った。と同時に春花に1番近いこの輪の中に入りたいと感じていた。「わかった」と頷きながら考えた。
【彼女は何故俺をこの家に誘った?何の利益を求めて俺と仲良くしたがっている?】
 そのときふと思い出した。転校前の学校の女子たちが、表面では仁に好きだとアピールしながらも影では仁のことを『有望株』と呼んでいたことを。そのこと自体はどうでもいいことなのだが、女子が仲良くしたがる理由が他に思い当たらない。だからといってこの地では『養子で腫れ物の男児』であり、どう考えても『有望株』にはなり得ない。サイコロを振りながら考えた。【一体何が目的なんだ……?】
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