第29話

文字数 1,374文字

 その週の土曜日、理路高校の近くにある山の展望台で朝から勉強会が行われた。空は青く澄み渡り、ぽかぽかと心地の良い天気である。
 土と木で人工的に整備された山道を10分ほど登り、開けた場所に辿り着くなり愛羅と詩歌が得意げに言った。
「ね!?ここいいでしょ!?
「あーし等いつもここで勉強してるんだ」
 その傍らには頬を染めながら天使を何度もチラ見する環奈の姿があった。

 展望台から少し離れた場所にあるあずまやの横には木製の大きなテーブルとその長辺に沿って固定されている木製の長椅子がテーブルを挟んで2つ並んでいる。
「テーブル空いててよかった!つか誰も来てないとか貸し切りじゃん!」
 詩歌はそう言いながらテーブルに駆け寄り、長椅子の隅に座った。

 他の皆は展望台の柵に吸い寄せられるように並ぶと景色を眺めるなり「学校見える!」「上から見るとコの字だな」「空きれい!」などと各々の感想を口にした。天使は環奈と仁の向こう側にいる春花を見つめた。
【今日はあんましゃべれてねーな】
 天使は大声で春花に話しかけた。
「空めっちゃきれいだよな!」
 だが仁としゃべっている春花は気付かず、代わりに隣にいる環奈が自分に言ったのだと思い「うん、綺麗だね」と頬を染め、空を仰ぎながら返事をした。

 天使は環奈たちが来ることは知らなかったが、詩歌が以前のようにいじってくることも、愛羅がキツく当たってくることも、環奈が冷ややかな目で見てくることも無く、3人とも割と友好的に接してくるので、学校で『天使が環奈を好き』と噂になっていることも忘れて打ち解けていた。

 春花に気付いてもらえなかったが気にすることなく「俺お菓子めっちゃ持ってきたから!みんなで食おうぜ!」と天使は元気な声を出してテーブルに駆け寄っていった。
 それを見た愛羅は環奈の腕を引っ張って天使を追った。詩歌の向いに座った天使は愛羅と環奈が来ると、即座に椅子の奥側へ詰めて他の人たちが座りやすいように席を空けた。愛羅は環奈を席の奥側へ押して天使の隣に座らせた。環奈の顔は真っ赤になっていた。

 天使、環奈、愛羅、詩歌の順で座り、その向いには夏苗、春花、仁、快俐の順で席は埋まった。天使は春花の隣に座る仁を見るなり【俺も春花の横がよかったんだけどな】と、山登り中もさっきも仁に独占されているせいで春花とあまりしゃべれなかったことを思い返しつつも【まぁ、クラスで隣の席だし今日くらいはいっか】と気持ちを切り替えた。

 一方、天使が好きなのは自分だと思い込んでいる環奈は天使が告白しやすいように脈有りアピールを継続した。
「ね……ねぇ、天使だっけ……?この問題分かんないんだけど……」環奈は数学の問題集を指さしながらぎこちなく聞いた。それに対して天使は呑気な口調で「ん?これはだな……」そう言いながら固まった。向かい側に座る夏苗と春花に問題集を差し出しながら問いかけた。「これどう解くんだっけ?」 

 それを見た愛羅が「環奈、喉かわいたよね?ジュース買ってきなよ。天使もついていってあげて」と二人きりになれるように計らった。環奈は顔を赤らめながら「うん」と立ち上がり、天使を見た。天使は「お?ああ」といそいそとリュックから財布を取り出すと立ち上がった。
「俺もなんか買おっと!」呑気な口調で言うと環奈と一緒に自販機のある場所まで下っていった。
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