第49話

文字数 2,205文字

 その週の土曜日、義翔は姿見の前でファッションショーをしていた。白Tシャツに黒のジャケットを羽織った姿でいろいろ角度を変えて見た。
「やっぱ流行関係なくきちんと目なのが無難だよな。ご家族と会うかも知れないし」
 銀次は義翔のベッドに横たわり肘枕をした格好でスマホをいじりながら義翔をチラ見した。
「兄を殺したかも知れない男と同棲している女の家に行くなんて昼ドラビックリの泥沼展開じゃないデスか」
「だから同棲じゃなくてただ同じアパートに住んでいるだけで、あの男とも付き合ってるわけじゃなかったって愛羅が本人から聞き出してくれたんだって。まぁ、俺をいじめた上に兄ちゃんを殺したかも知れないあの男に会うのは嫌だけど春花ちゃんには会いたいんだ」

 そのときスマホのバイブがブブッと鳴った。ローテーブルに置いてあるスマホ画面に視線を落とすと『愛羅 ついた』というLEINのポップアップが表示されていた。義翔は銀次が用意したデパ地下のお菓子――貧乏を装うために銀次はスーパーで1000円程度の菓子にしたほうがいいと言ったが義翔がデパ地下を譲らなかったので仕方なく3000円程度で購入した個包装のバームクーヘンにした――の紙袋を持つと、颯爽と部屋を出て行った。
 
 銀次は義翔が愛羅たちと合流をして向かいのアパートの敷地に入っていく姿を窓から眺めながら義翔の母親に、義翔が浮かれて春花の家に行ったという報告の電話をかけた。


 それから1時間後、葵も凛花も不在の羽鳥家では付けっぱなしにしているテレビの画面にベッドシーンが流れており、女性の喘ぎ声が響いていた。

「え?昼間になんでこんなエロシーンあるワケ?」
 義翔が持って来たバームクーヘンを食べながら環奈が目を丸くさせた。同じくバームクーヘンをかじる愛羅が冷めた声で「土曜だし子ども見るよな」と言い、2つ目のバームクーヘンを手に取った詩歌が呑気な声で「さぁ?性教育なんじゃね?」と適当に答えた。

 義翔は春花と春花の家族に持ってきたバームクーヘンを我が物顔で食べる愛羅たちに【今度はこいつらがいないときに来よう】と心に決めていた。しかしながら春花の隣にいるのにベッドシーンと喘ぎ声は気まずく、そっと隣に視線を向けると、いつの間にか春花が仁に変わっていた。驚いた義翔は思わず「わっ」と小声を漏らして正座を崩し、仁から離れた。仁も義翔に顔を向けると「どうかしたか?」とわざとらしく聞き、フッと笑った。
 義翔はイラッとしながらも仁の向こう側に座る春花を見た。春花は何食わぬ顔でバームクーヘンをかじりながらジッとテレビを観ている。もっと恥ずかしそうにしているものかと思い込んでいた義翔は【え?もしかして手練れ?】と飛躍した想像をし、勝手にショックを受けていた。

 春花はベッドシーンを生物の現象ととらえ、あるいはドラマのいちシーンの演技として観ており、恥じらう要素はひとつも無かった。詩歌は春花に振り向くと「こういうシーンは春花には見せちゃダメな気がするのな」と言い、愛羅も春花に振り向くと「あ、わかる」と同意するので春花はキョトンとしながら「なんで?」と聞いた。ひざを抱えた環奈が「純粋な子どもに見せちゃダメな感覚的な?」と眉がしらを上げて言うので理解できない春花はとりあえず「純粋じゃないよ」とだけ伝えた。テレビに体を向けて座っていた愛羅が半回転して布団のないこたつのほうへ体を向けると、こたつの上に身を乗り出して春花を凝視した。

「春花もこういうの興味あるの?」
 妙な質問をする愛羅に春花は目を丸くさせた。
「そりゃ、どんな感じなんだろうくらいには思うよ」
 この答えに仁と義翔が一斉に春花に注目した。
 仁は思った。【薄々分かってはいたが、はやり春花はこういうことに抵抗がある訳じゃない】
 義翔は思った。【どんな感じなんだろうくらいには思う?つまりは未経験】

 食いつくように春花を見る仁と義翔に愛羅は冷めた表情で声をかけた。
「だってさ。よかったな」
 詩歌は春花が羨ましかった。
【イケメン2人に好かれるとかどんな徳だよ。義翔のこともちょっといいなって思ってたのに。春花みたいな真面目キャラのがモテるんか?】
 それでも春花のことは嫌いになれない詩歌は立ち上がると「トイレ貸して」と春花に言った。
 春花も立ち上がるとふすまを開け、廊下を挟んで向かい側にあるトイレのドアを開けた。

「手を洗う場所はこっちのお風呂の脱衣所に洗面台があるからここ使って」
 そう言いながらトイレの隣にある風呂場のドアを開けて説明する春花に、詩歌は「あれ?」と声を出しながら廊下を見回した。春花の住んでいる部屋より明らかに長い廊下の突き当たりには階段があり、明らかに春花の部屋のものではない場所に1つふすまがある。
「え?なにこのアパート!全部つながってるじゃん!」

 大声をあげる詩歌に、愛羅、環奈、義翔もふすまを開けて廊下に出て来た。
「なに?」
 目を丸くさせて聞く愛羅に詩歌は階段を指さしながら答えた。
「全部つながってる!」
 全員の視線が階段に向かう中、春花が「ああ」と声を漏らしたのち「シェアハウスなんだ」と笑顔で答えた。
 義翔は固まっていた。
【春花ちゃんと杉山仁が同じ風呂とトイレを使い、鍵のないふすまのみで区切られた空間を共にしているだと……?!!】
 後ろにいる仁に振り返ると仁は義翔と目を合わせ勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
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