第48話

文字数 1,484文字

「仁!春花!」
 愛羅が大声で呼びながら両手を頭上にかかげて手の平をひらひらと振った。暗闇に紛れて姿は見えないが声で愛羅だと分かり、愛羅がいるなら詩歌と環奈もいることは予想がついた。しかしコンビニに近づくにつれ灯りに照らし出さえれたのは4人で、義翔の姿を見るなり仁は春花の手を少し強く握った。

「どうしたの?こんなところで」
 仁は笑顔をつくり問いかけた。愛羅がそれに答えた。
「腹減ったからコンビニに来たとこ。バイトの帰り?」
「うん。家この辺だっけ?」
「あたし等の家はこっから5分くらいだけど、今日はコイツん家にいる」そう言いながら義翔に親指を指した。話題に出された義翔は更に身構えた。仁は春花と一緒に住んでいる桃乃荘から近い場所に義翔が住んでいることに警戒をした。

「へぇ。みんなこの辺なんだね」
「うん、コイツん家すぐそこのマンション。あの街灯があるところ」

 愛羅が指さす方へ視線を向けるなり仁の動きが一瞬止まった。
【よりによって向かいのマンション……!】
 そのとき春花が「偶然!わたし達のアパートその向かいだよ!」と驚きながらも嬉しそうに言い、それを受けて仁の血の気が引き、義翔の頭の中が一瞬フリーズした。

「え!?マジ!?めっちゃ近くじゃん!!!」
 興奮した義翔は春花の前まで行くと右手を差し出した。
「改めまして、俺、東宮義翔っていいます。今一歩大学に通ってるんだけど全然見かけないね」
 春花は仁とつないでいる手を放し、義翔と握手をした。それを見た仁はショックを受けるとともにただならぬ嫉妬の念を抱き、怒りで頭がおかしくなりそうになった。

 春花はうれしそうに答えた。
「わたしは羽鳥春花です。大学は精良大学なので、会うとしたら門の前ですね」
「そういえばこの前も会ったのは門の前でしたね」
「住んでるところもお向かいなんてすごい偶然。よかったらいつでも遊びに来てくださいね」
「え!?いいの!!?」義翔は前のめりになった。
 【駄目だろ!!!】仁も前のめりになった。

 仁は、いつまでも義翔の手を握ったまま好意的な台詞を吐く春花に言い知れぬショックを受けていた。『会うとしたら門の前ですね』『いつでも遊びに来てくださいね』この言葉が仁の脳内に何度も響き渡る。手を握り、頬を染め、目を輝かせて春花を見つめる義翔には殺意すら覚えた。

 そんな仁に一切気付かない春花は笑顔で続けた。
「もちろん。古くて狭いけど愛羅ちゃんたちと一緒にいつでも来てね」
 愛羅と詩歌と環奈は仁が顔面蒼白になっていることに気付きながらも知らん顔をしてテンションを上げた。
「マジで!?
「行く行く!」
「んじゃぁ、今度わたし達の家にも来てよ!」
 春花のテンションも上がった。
「うん!行く!!
 
 仁はようやく義翔から手を放した春花にホッとしながらもとんでもない約束がされてしまったことにパニックになりかけていた。
【落ち着け。考えろ。この男と春花を引き離す方法はあるはずだ】
 そう思いながらも全く落ち着けていない仁はかっさらうように春花の右手を再び握ると春花にぴったりと寄り添い、義翔を睨みながら「行こう」と春花の手を引いてアパートへと帰っていった。

「相変わらず独占欲の固まりだね」
「わっかりやす」
「つかあの2人同じアパートに入っていったくね?」
「マジ?」
「同棲してんの?つぅかとうとう付き合ったわけ?」

 それを聞いた義翔は天国から地獄に落とされた気分になり、焦りながらアパートの方を凝視した。
「え!?嘘だろ!?やっと再会できたのに……!!!」
「え?なに?あんたも春花好きなわけ?」
「うるせぇ!好きならなんだっていうんだ!」
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