第26話

文字数 929文字

 工場の中勤務を固定でしている葵が帰宅するのはいつも22時頃だった。その時間になると仁も帰り支度を始める。すると葵は「いつもありがとね。泊まっていってもいいんだよ?昔みたいにさ」と自身の弁当箱をバラしてシンクの洗い桶に入れながら気さくに話した。何度も聞くその言葉に仁もいつもと同じように「ありがとうございます。今日は帰ります」と答える。

 仁は13歳で大人の身体へと成長すると、羽鳥家での寝泊まりを控えるようになった。部屋が別ならともかく、同じ部屋で女性に交ざって寝てもいい身体ではなくなったからだ。何より春花の隣で寝るには理性に耐える必要が出て来た。そんな拷問に耐えながら安眠できるはずがない。

 羽鳥家一同に見送られながら自転車で帰路につくとすぐにいつものように視線を感じ、いつものように見ると、いつものメガネをかけた男が車の中から仁に視線を向けながらスマホで通話をしている。
 通り過ぎて少しすると、別のいつもの視線を感じ、見るといつものおかっぱ頭の男が曲がり角の影から仁に視線を向けながらスマホに何かを打ち込んでいる。それは200メートル置きにくらいに1人ずつ、いつもの男たちが待機しており、杉山家まで続いていた。彼らは仁がこの地へ養子に来てから間もなく現れ、時にはドローンを使いながら仁の行動を監視している。ボディガードだと説明を受けても鬱陶しくしか思えない仁は【祖父(じじぃ)。俺のことは放っておけと言ったはずだ】と心の中でつぶやいた。

 杉山家に着くと1階の窓からは光が漏れ、梨沙と恵梨香と修二の笑い声が聞こえていた。笑い声を聞きながらコンコンと斜度の高い階段を上り、部屋の鍵を開け、部屋の電気を付ける。静まり返った無機質な部屋でふと春花の姿が脳裏を過ぎる。さっさと服を脱ぐと洗濯機にカッターシャツや下着を入れて回し、シャワーを浴び、洗剤の匂いがする部屋着姿でベッドに腰掛け、肩にかけたタオルで髪を拭きながらスマホの画面に視線を落とした。そこには山本環奈が中学時代に投稿したInstegremがあった。元彼は2人いて、2人とも金髪で派手な格好をしている。
【3人の中では1番妥当か】
 そう思うなり机に向かうと引き出しに入っている白いメモ用紙を取り出した。
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