第28話

文字数 1,427文字

 天使が環奈を好きだという噂は瞬く間に学年中に広まっていた。
 天使は2組の女子たちから声をかけられるようになり、その内容は「がんばって!」「応援してるから!」「勇気だして!」「フラれてもいいじゃん!」等々環奈への告白を促すものばかりである。いくら否定しても詩歌の言ったことを真に受けている彼女たちは聞く耳を持たなかった。そんな状況なので春花や夏苗と一緒に居るところを目撃される度に「浮気は駄目だぞ」とか「誤解されるよ?」とか言われるはめになり、天使は困り果てていた。

 一方環奈はというと、天使は自身のことを好きなのだと思い込んでしまい、天使のことが気になり始めていた。天使の派手な見た目も外交的な性格も好みのタイプである。
【ちゃんと告ってくれればOKするのに……】
 屋上で空を見上げながら吐息をつく環奈に愛羅と詩歌は顔を見合わせた。

 愛羅も詩歌も天使が『手紙を書いたのは俺じゃない』と言っていたことが本当だと分かっていた。天使が持って来た手紙は、おそらく天使をからかうために誰かが書いたものであり、天使は環奈を好きな訳ではない。環奈もそれに気付いていると思っていたから詩歌は天使をいじるために環奈に告りにきたというていで話を進めていただけだ。なのにどうやら環奈は天使が告白をしに来たと信じている様子で、しかも天使を意識し始めてしまっている。責任を感じた詩歌は気まずいと思いながらも環奈に話しかけた。

「天使のこと気になる……?」
 詩歌はど直球な問いかけをし、愛羅は環奈の反応を窺った。環奈はハッとした表情で詩歌を見ると顔を赤くさせながら「好きな訳ないじゃん!!!」とむきになって答えたので【ああ、やっぱり好きなのか】と詩歌と愛羅は何も言えなくなった。しかし環奈は少し間を空けたあとにうつむきながら小声で言った。
「……本当はちょっと好き……」

 その会話は貯水タンクを挟んで座る快俐と、フェンスにしがみつき裏庭の天使を睨み付ける仁にも聞こえていた。春花の隣で楽しそうに会話をしている天使を睨みながら【思った以上に上手くいった。数日後にはこの光景もなくなる】と自身に言い聞かせた。

 仁は快俐のLEINを通して愛羅と詩歌に連絡をとり、環奈の恋を応援しようと呼びかけた。愛羅と詩歌は二つ返事で話に乗った。
 
 学校が終わり、いつものように羽鳥家で春花と一緒に夕食を作る仁は言った。
「土日のどっちかで快俐と快俐の友人たちと勉強会しようって話があるんだけど、春花も来ないか?」
「勉強会?いいね。行きたい」
「なら樋口さんと天使も誘っといて。人数多いほうがいいから」
「わかった」
 
 そう答えたのち少しすると春花はジャガイモの皮を剥きながらいきなり『いぬのおまわりさん』を歌い始めた。春花は機嫌がいい時急に歌い出す癖がある。楽しそうに歌う春花にタマネギを切っていた仁もつられて控え目ながらも一緒に歌い始めると、春花はうれしそうに仁と顔を見合わせながら頭を揺らしてリズムをとった。それを居間で聞いていた凛花も頬を緩め、宿題をしながら歌い始めた。
 その歌声は隣の部屋の桃乃にも、アパートの前で仁の張り込みをしているメガネ男にも聞こえていた。近所の犬にも聞こえていて、「ワンワンワワン」と歌ったと同時に犬は遠吠えを上げた。それを受けて春花と凛花は大声で笑い、笑う春花を見ながら仁は幸せであることを実感していた。
【20年後30年後もこうして春花の隣にいるのは俺だ。誰にも邪魔はさせない】
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