第7話

文字数 1,195文字

 女性が入学式に着るにしては地味な、リクルートスーツのような黒いパンツスーツ姿の彼女は、身長は女性の平均ではあるものの、引き締まったウエストと長い足のおかげでモデルのようにシュッとした印象を受けた。その隣には義翔と同じくらいかそれより少し高い身長――180㎝はありそうな、黒髪ショートヘアーの男性が立っている。春花と仁である。仁も黒スーツを着ているため、義翔と3人集まると葬式の帰りのようでもある。

 春花はまっすぐに義翔の目を見つめながら言った。
「値札付いてますよ?」
「え?」
「背中のところに値札が付いてます」
「え??」
 義翔はスーツの襟首部分を掴みながら首を後ろにひねった。それを見た春花は「あ、そこじゃなくて……」と言いながら「失礼します」と後ろ身頃の裾部分を掴み「これです」と軽く引っ張った。義翔は身体をひねって見ようとしたが、ひねるにも限度があり、見ることが出来ない。その様子を見ていた仁が耐えかねたように口を挟んだ。
「スーツ脱げば見れますよ」

 義翔はスーツを脱いで見た。するとスーツの裾という不自然な場所にその値札はぶら下がっており、しかも特価3000円という値引き価格が書かれた赤いシールが貼られている。シールをめくると定価は25万となっており、値引き率が不自然極まりない。値札の下には小さく『幸福質屋』と印刷されていた。

「銀次の野郎……!」
 思わずつぶやく義翔に春花は単調でありながらも積極的な口調で問いかけた。
「切りましょうか?」
 我に返った義翔が「あ……」と迷ったのち答えた。
「ありがとうございます……」

 春花は肩にかけている仁にもらった茶色い山羊革のトートバッグから携帯用ソーイングセットを取り出して、小さなはさみで値札の糸を切った。ゴミである値札と糸を持って帰ろうとする春花に義翔が「あ、自分で捨てます」と手を差し出すと、春花は「ああ……」と小声を漏らし、値札と糸を渡しがてら「いい買い物しましたね」と、くったくの無い笑顔を見せた。

 義翔は春花のその澄み切った瞳に一瞬動けなくなった。安物を着ていることを馬鹿にせず「いい買い物」と言う彼女の笑顔が今まで見たことの無いほど美しい表情に見えた。人間ってこんな表情が出来たのかと思うと同時に『目が綺麗』という言葉の意味を生まれて初めて理解した気がした。左頬の傷に気を取られていたが、よく見ると目鼻立ちがはっきりしていて肌もきめ細かく、かなりの美女である。

 目をらんらんと輝かせて春花を見つめる義翔に不愉快になった仁が春花の手を握ると「行こう」と軽く自身のほうへ引き寄せた。それを見た義翔は胸の奥がチクンと痛むのを感じた。

 義翔に会釈をした春花と仁は手をつないで桜並木を歩いていく。その背中を見送りながら【付き合ってるのか】とショックを受けていた。胸の奥の痛みに耐えかねた義翔は2人から目をそらし、再び桜舞い散る空を仰ぎ見た。
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