第12話

文字数 1,230文字

「雀大丈夫?」
 開口一番にそう聞く仁に春花と凛花は「うん」と頷きながら2人そろってローテーブルの上に乗っている雀に視線を向けた。

 仁は今すぐにでもコートを脱いでハンガーにかけたかったが、うっすらとした記憶の中の『感情があったときの自分』の行動パターンは、こういう場合は雀の命を最優先にさせているはずだと考えた。コートを脱がずにそのまま急いで調理台の上にコンビニのレジ袋を2つ乗せ、レジ袋から取り出したポカリスエットをペットボトルから耐熱コップへと移し、水道水を混ぜると40度設定にしたレンジで温めた。

「スマホで調べたらささみ入りのドッグフードも与えてもいいって書いてあったから買ってきた」とポカリが入っていたレジ袋からドッグフードを取り出し、それに続けてもう一つの小さなレジ袋からロールケーキ2つとオレンジジュースとりんごジュースの入ったペットボトルを1本ずつ取り出した。レンジはまだ温め中である。生まれ育った家では来客には必ず何かを出して『おもてなし』をしていたことをおぼろげに思い出しながら春花に向かって「甘いの大丈夫?」と問いかけた。

 まさかもてなされるとは思ってなかった春花は「え?あ、うん」と返事をしながらキョトンとした。その隣で凛花が「あまいのすき!」と期待に満ちた目をキラキラとさせて大声を出すと仁は「来客用の皿やコップがなくてこのままで悪いけど」とローテーブルにロールケーキ2個とペットボトル2本を丁寧に並べた。春花は、皿やコップまで気にする仁から育ちの良さを感じ取っていた。

「そんなのいいのに、ありがとう」申し訳ない気持ちでそう言う春花に続けて凛花も「ありがとう!」と言いながら少しふざけたように両手を合わせて頭を下げた。
 そのときレンジがチンと鳴り、仁はポカリスエットの入ったコップにコンビニでもらった割り箸をつけ、ポカリで濡れた箸の先を雀のクチバシに付けた。するとクチバシがモゴモゴと動き、一滴吸い込まれていった。

「のんだ!」
 うれしそうに言う凛花に仁は「飲んだね」と優しい声で言って微笑んだ。続けてもう1滴、2滴、3滴と与え続けると、雀は「ピ」と鳴きながら目を開き、仁を見上げた。
「意識がしっかりしてきた!」喜ぶ春花の目は潤んでおり、頬は赤く染まっている。その表情に仁の動きが一瞬止まった。仁自身は雀が蘇生しようとも何も感じることが出来ないのに、春花は泣くほどうれしいと感じているのだ。春花は続けて「本当はもう駄目かと諦めていたんだ。助けてくれて本当にありがとう!」と、さっきよりも涙を溜めて顔を真っ赤にさせた。仁はその表情をする春花を羨ましいと思うと同時に鼓動が早くなり明るい何かが弾ける感覚を覚えていた。
【これは一体なんだ……?】初めて味わうそれには高揚感があり、苦しみしか無かった世界に一筋の光が差したような気がした。

 凛花は「すずめ元気になってよかった!うたげじゃ!」と陽気な声を出し、ロールケーキを食べながら小躍りをしていた。
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