第14話

文字数 1,716文字

 人が2人立てばいっぱいになるこぢんまりとした玄関のすぐ横には古びたシンクが伸びており、黒豆と田作りを煮る2つの鍋がそれぞれボコボコと音をたてている。歩けば床がきしむ台所の向こう側には、開けっぱなしのふすまから居間が見えていて、すり切れた畳が6枚敷き詰められており、そこにはこたつが1つとその周りにくたびれたクッションが置かれていた。壁沿いに置かれた24インチのテレビは縁にキャラクターのシールなどが貼られて、付けっぱなしになっており、芸人がなにやらわめき散らし、それを笑う人々の声が響いている。
 所々削れてくぼんでいる古びた砂壁と錆びた石油ストーブがレトロな雰囲気をより一層かもし出していた。

 凛花は窓とこたつの間に置かれた来客用の、他のクッションよりは綺麗な桃色のクッションをポンポンと叩きながら得意げに「じん、ここ!!」と席を指定した。
「呼び捨てにしちゃ駄目だってば!!」怒る春花に仁は微笑を浮かべながら「呼び捨てでいいよ」と言い、指定されたクッションの上に正座した。

 仁は、覚えている限りでは生まれて初めて足を踏み入れた小さくて古い住居が物珍しく、部屋を見回した。こたつの存在を知らなかった仁は何故ローテーブルを布団で囲っているのか分からなかったが、布団ということは防寒対策かと考え、めくってみると中からヒーターで熱したような熱があふれ出したので驚いた。黄色くてすり切れた畳を見るのも初めてだし、削れて凸凹になった砂壁も、錆びた石油ストーブも初めてだった。テレビもPC画面のように小さく、付けっぱなしになっているのが新しく感じた。現在ある記憶によると生まれ育った家では観る番組は指定されていて、ニュースや教育にいいと判断された情報番組しか観たことがなかったし、杉山家でもテレビはあまり付いてなかった。

 仁は膝に乗せているコートをどうすればいいのか考えた。とりあえず畳もうとコートを広げたとき、それを見た春花が焦りながら「あ、ごめん!コート預かる!」と仁から黒いコートを受け取った。
 春花にそのコートの素材は分からなかったが、軽くて肌触りが良い上に形がしっかりと整っており、いいコートだということは分かった。

【梨沙ちゃん家はお金持ちだから親戚の仁くんの家もお金持ちだったのかも。大人みたいなお金の使い方が出来るのも親の遺産があるからなのかも】ここまで考えてハッとした。【よそう。こんなことを詮索するのは下品だ】

 春花は居間と台所の間にある壁沿いに置かれた、家族共同の、家で唯一のタンスから、いつも自身のコートをかけているハンガーを取り出して仁のコートをかけた。ついでに自身が着ているコートも脱ぎ、丸めてタンスに突っ込んだ。どうせシワはあるし、くたびれているし、ポリエステル100%の安物だからどうでもよかった。
 
 こたつのほうへ振り向くと、小鳥用のプラケースに入った雀に、仁に教えてもらいながら餌をあげている凛花が「たべた!」とうれしそうに言っている。
 そこに葵が仁にもらったケーキをそれぞれ分けて乗せた小皿を5枚と、グラスを人数分持って来た。

「それが噂の雀?かわいいじゃん!」
 陽気に声をかけ、畳の上に置かれたプラケースを覗き込む葵に仁は軽く頭を下げた。
「雀もお邪魔してすみません」
 それに対して葵は「雀ちゃんも大歓迎よ!謝る必要ないわ!」とこれまた陽気な声を出しながらトレーをこたつの上に置いた。

 ケーキは5つあり、全部違う種類である。
「好きなの選んで!」
 葵はそう言い残すと再び台所へ戻り、冷蔵庫を開けながら大声で聞いた。
「飲み物はカルピス、オレンジジュース、牛乳、どれがいい?」
 凛花はカルピスを、春花はオレンジジュースを選んだ。仁は何でもよかったのでとりあえず春花と同じオレンジジュースにした。葵はコーヒーがいいのだが、凛花が欲しがるのが目に見えているのでカルピスで我慢した。

 カルピスとオレンジジュースが入った2リットルのペットボトルを1本ずつ居間に持って行くとコップに注いで配り「おかわりあるから言ってね!」と自身の横に置いた。ずぼらな葵はカルピスやオレンジジュースがぬるくなることも傷むことも気にはしないのだ。
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