第35話

文字数 1,940文字

 さかのぼること1時間前。喪太郎も母親同席のもと警察署で刑事に事情聴取をされていた。
「えっと……俺は何も悪くなくて……羽鳥春花が勝手に転んで落ちていったんだ……羽鳥春花がおじいさんが倒れているから助けてほしいと言ってきたから俺は羽鳥春花についていっただけで……」
 母親は「そうよね」と言いながら我が息子はただ運悪く現場に居合わせただけだと信じ切り、鼻息を荒くさせながら頷いた。
 刑事たちは顔を見合わせた。
「その羽鳥さんの口の中に萌え系と言われるアニメのタオルが突っ込まれていたんだけど、キミのじゃないの?」

 捜査一係に所属して19年目の相馬巡査部長は机の上で組んでいた手をほどき、警察官が持って来たビニール袋を手に取ってかかげた。その中にはあり得ないほど大きな胸をした幼女にも見える少女たちがあり得ないほど面積の狭いビキニ姿で笑っている萌え絵がプリントされていた。それを見た母親は目を見開き、自らの口に手を当てながら大声で言った。

「あら!!喪太郎ちゃんのタオルじゃない!!
 母親の一言で逃げ場を失った喪太郎は一瞬頭の中が真っ白になった。
「いえ……いや、はい……羽鳥春花がリトルバクニュウズの大ファンだと言うから見せたら自分で口に……」
「自分で……?このタオル、キミと同じ臭いが染みこんでいたけど、そんな臭いタオルを自分で口に入れたっていうの?」

 あまりにど直球すぎて失礼な相馬に、相馬の隣に座っている後輩の西川が思わずフォローをしようとしたとき、母親が先に怒った。
「あーた、失礼じゃなくて!?喪太郎ちゃんはお風呂に入れば臭くないんです!!ただ今日は4日目だからたまたま臭いだけなんです!!

 相馬は両手を机の上で組んだ格好でしっかりとした口調で返した。
「だったら毎日風呂に入るようにさせてください。とても臭くて迷惑です」
 真っ当すぎる言い分に母親は口をあんぐりとしたまま何も言えなくなった。そんなやりとりを脇目にしながら喪太郎は自己の虚栄心と自尊心を満たす言い訳を口にした。
「あ……羽鳥春花、俺のこと好きだったから……俺は貧乳はムリだって断ってたんだけど……」
「まぁ!!喪太郎ちゃんにもそんな色恋沙汰がめくるめくお年頃なのね!!
 興奮する母親を無視した相馬は「え?あの綺麗な子がキミに……?」と、またもや失礼なことを口にした。しかし同じことを思った西川は同意から苦笑いをしてしまった。それを感じ取った喪太郎に怒りが沸いた。

「羽鳥春花は本当に俺に惚れていてストーカーされて困ってたんだ!!!朝起きたらいつの間にかベッドにもぐり込んでて俺のをしゃぶってるし、騎乗位で腰振って俺の童貞奪って、被害者は俺の方だ!!!」

 あまりに衝撃的な内容に母親はムンクの叫びのような表情で喪太郎を凝視した。
「そんなことが!!!そんなことが!!!警察に!!!警察に!!!」
 興奮して立ち上がる母親に相馬と西川は「落ち着いてください」「警察はここです」となだめようとしながらも、あまりに酷い妄想を口にする喪太郎に吹き出していた。と同時に虚言癖が酷すぎて信用に値しないと断定した。しかし質問は続けた。

「分かった。その件はもういい。それより崖の前の土には争ったような靴跡が付いていて、それによると、羽鳥さんの背後からキミが抱きつき、或いは羽交い締めにし、それを羽鳥さんが振り払おうとしていたとしか推測できないのだが?」

 喪太郎は再び頭の中が真っ白になった。母親は息子を痴漢呼ばわりする刑事たちに怒った。

「あーた!!!喪太郎ちゃんがそんなことするわけないでしょ!!!喪太郎ちゃんはね、ついこないだまでオムツをつけてママ、ママって小さな身体であたしの後をつけまわしていたような純粋な子なのよ!!!それに正義の味方リトルバクニュウズとかいう正義の萌えアニメをこよなく愛しているの!!!そんな正義感の強い子がそんなことするわけないでしょ!!!」
 西川は真顔で告げた。
「お母さん、そのリトルバクニュウズは正義とは名ばかりのエロアニメですよ」
「エロ……?」母親は呆然としながら喪太郎に視線を向けた。

 相馬は意外そうに「なんだおまえ、アニメ観るのか?」と聞いた。西川は「いや、友人にアニメオタクがいていつも話を聞いているので」と嘘をついた。彼は隠れアニメオタクである。

 相馬は何も答えない喪太郎に更に続けた。
「質問を変えよう。何故羽鳥さんが崖から落ちたときすぐに警察に電話しなかったんだ?」
 切羽つまった喪太郎は頭をフル回転させ、なんとか出て来た言い訳が「……スマホが壊れていたから……」だった。そのとき喪太郎のスマホが鳴り響いた。発信元はアニメ用品専門店で予約品であるエロ女王の消しゴムが入荷したという電話連絡だった。
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