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文字数 693文字

「ミツ子さんの世話をさせてくれって……あんた、何考えてるの!」
 ホテルの電話から実家に連絡すると、お袋が癇癪を起こした。
 雨に濡れながらホテルまで戻った俺とばあちゃんは、服を変えたあと話しあった。ばあちゃんが、自分が一〇三歳の『阿部トキ』であると思い出したのは、海で溺れたときだったらしい。
「三途の川が見えたんだよ。そのとき、向こう岸に寛一と和子がいてね。“お母ちゃん、浩介のところに戻りな!”って叫んでたんだ」
 臨死体験。そう言うのがここで正しいのかはわからない。元々ばあちゃんは死の淵をさまよっていた。そこで変な霊に襲われたのだ。少女にされ、記憶をなくした上での臨死体験。三途の川で先に逝った自分の子供たちに会った。『佐藤トキ』であるときには、絶対に出会わないはずの子供たちに。それが記憶を引き出すきっかけとなったようだ。
 完全に一〇三年分の記憶を取り戻したばあちゃん。食事も排便もできなくなっていたが、意志だけはしっかりと持っていた。ただ、それを口には出せなかった。介護者であるミツ子さんと目だけでの会話。ときにすれ違い、お互いがいらつくこともあった。それでも、ばあちゃんはミツ子さんに感謝していると言った。また、自分がいなくなったことで、余計にミツ子さんを追い込む形になったことにも、ショックを受けている。
「あたしはきっと、元の姿に戻ったら死ぬだろう。でも、ミツ子さんには、これまであたしの介護のせいで構えなかった自分自身の人生を、謳歌して欲しいんだ」
 俺はびくりとした。ばあちゃん自身、元に戻ったら死ぬと予感している。そうなる前に。ばあちゃんはミツ子さんの介護をすると誓った。
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