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文字数 1,422文字

「浩介、起きてるかー? どっか遊びに行こうぜ」
 急に部屋のドアが開けられ、その音で俺ははっとした。
「トキ、トキ!」
「ん……? コウスケ?」
 俺と靴を脱いで上がってきた旭は唖然とした。
「ど、どういうことだよ?」
「またやられたか……」
 トキは今度、霊に若さを吸い取られたらしい。十歳くらいだった少女は、一晩で十五・六歳くらいの美しい少女の姿に変わっていた。
「またやられたって」
 状況が読み込めない旭に、昨晩あったことを細かに説明すると、彼は腕を組んでぼそりと呟いた。
「霊、ね。もしかしたら、あれが関係してるのかも」
「あれってなんだよ」
 きつい口調で訊ねると、旭は「確証はない」と前置きしてから説明してくれた。
 俺のアパートに来る途中にある墓場の無縁仏が何者かに破壊されていたらしい。病院のときは死んだ子供の霊だった。だけど今度は、無縁仏の霊だった、というわけか。
「トキはとことん霊に好かれるな」
「笑っている場合じゃないだろ」
 旭に突っ込まれ、再び状況を確認する。確かにこのままだとまずい。トキの白くて長い足や腕を隠すものも何もない。とりあえず俺のジャージを貸すことにしたが、それも一時しのぎだ。
「俺、姉ちゃんの服借りてきてやるよ」
 旭はそう言うと、部屋から出て行った。
「コウスケ……あたしは一体……」
「トキは何も心配しなくていいよ。大丈夫だから」
 そう言って頭をなでるが、「大丈夫」という言葉は自分自身にも言い聞かせていた。トキが成長した。すぐばあちゃんに戻るのではなく、少しずつ戻っている。これじゃ、匿うことも難しくなってくる。階下の鳥飼さんが気になった。ただでさえ先日旭がトキを連れて、雨どいを伝って降りたことで、俺の部屋のことに興味を持っていたし。
 トキと俺は旭が戻ってくるまで無言だった。何を話せばいいかわからなかった、という方が正しいだろうか。子供より扱い方がわからない思春期の女の子だ。自分も思春期は経験したが、自分が経験したのとトキがいきなり起きたら思春期になっていたのは大きく違う。トキが恥ずかしがって、短いスカートを気にすると、何だかこちらが悪い気持ちになった。
 旭が戻ってくると、ともかく風呂場で着替えをしてもらった。トキにはちょっと派手目なワンピースだったが、よく似合っていた。能天気に褒めると、余計恥ずかしがって下を向いてしまった。
「これからどうするんだ?」
 旭が俺に訊いた。トキがばあちゃんに戻る方法はなんとなくわかった。ばあちゃんが若返るのも、若さを吸い取られるのも、全部霊の仕業なんだ。だから、病院や俺の部屋のような霊が集まる場所にいれば、自然と元に戻るのではないだろうか。
 でも、俺はトキがばあちゃんに戻るのに待ったをかけたかった。戻る方法がわかったんなら、もう少しトキと一緒にいたい。夏休み前にも色々と遊びに出かけたけれど、まだ足りない。「もう少し、もう少し」と思う気持ちが日増しに強くなる。最初は小さい子なんて手に余る状態だったのに、それほどトキの存在は俺の中で大きいものになっていたのか。自分でも驚いて笑えてきた。
 不気味に笑っていると、旭とトキが俺の顔をのぞきこんでくる。俺は開き直って拳を作り、「夏休み中は遊びまくるぞ!」と宣言した。夏は遠出も可能だ。山や海もいける。勢いこんだ俺は、トキにさっそくどこに行きたいかを訊ねた。すると少し驚く答えが返ってきた。
「新潟に……戻ってみたい」
 トキなりの決断だった。
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