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文字数 1,433文字

 美佐子が新潟に帰って二週間。最近は美佐子から頻繁にメールや電話が来るようになっていた。どうやら新潟の親戚に、俺がばあちゃんを匿っていないことをしっかり調べてきたと言っているらしく、久子伯母さんや幸子さんたちはそれで納得してくれるという。ただ、完二おじさんだけは未だに信用していなくて、近々予告無しで俺の家を捜索すると言っているらしい。
 そしてばあちゃんのことだが、とうとう警察に捜索願が出されたようだ。それもそうだ。病室から病人が消えたんだ。今まで出ていなかった方が不思議なくらいだ。完二おじさんだけではなく、そのせいで新潟から警察も来るかもしれないと、美佐子のメールには書かれていた。
 だけど俺は、内心それどころではないと焦っていた。六月は動物公園以外にも色々な場所へ遊びに行った。ボウリングしたり、映画館に行ったり。公園でゆっくりとしていたこともあった。そのせいで、今しわ寄せが来ている。七月といえば、夏休み前。夏休み前と言えば、学生にとっての重要イベント、期末試験だ。六月に遊びまくったせいで、試験勉強はまったくできておらず、しかも重要な授業も出ていないのでノートは真っ白。かろうじて旭や他の友達にノートはコピーさせてもらったが、家にトキがいるせいで、勉強は進んでいなかった。
 いつまで経っても、トキはばあちゃんに戻らない。当初はすぐに戻ってしまうと思っていた。だからいっぱい思い出を作ろうと、色んな場所に行った。けど、それは無意味なもので、残ったのは子供のままのトキとノートのコピーの山だ。
 トキがばあちゃんに戻らなかったら。俺はちょっとした恐怖を感じた。今はまだいい。小さいし、こうやって俺の家で匿うことができる。でも、それが一年、二年と続いたらどうする? 俺ひとりで匿うわけにもいかないし、トキも大きくなってしまうのではないだろうか。トキが生きていてくれるのは嬉しいが、第二の人生が始まっているのではないかと思うと俺はぞっとした。このままだと、本当に単なる誘拐犯になってしまう。
 大学に行っている間も忍び寄る不安に、俺は軽いノイローゼになっていた。
「コウスケ! おかえ……り」
 トキの顔が凍りつく。不機嫌なオーラを察したのだろう。俺は駅前で買ったハンバーガーとポテトをテーブルに置くと、ヘッドホンをつけて音量を最大にした。聴いている曲はロックだ。トキは隅っこで俺の様子をうかがいながら、ハンバーガーを食べている。そんなに俺は恐いのか。トキが怯えると、暴力を振るうまではいかないが俺はいらついた。テーブルに乱暴にコーラを置くと、学校のテスト勉強だ。トキは旭に借りた漫画を静かに読んでいる。
 ――怒っちゃいけない。いらついてもいけない。頭ではわかっているのに、感情がそれに逆らう。トキが視界に入るだけで腹が立つ。いけない、このままじゃ。いけない。
 そのとき、トキがアイスティーをこぼした。俺は張りつめていた糸が切れたように、トキを怒った。
「おい! 何してやがるんだ! 大人しくしてろ、バカ!」
 トキは殴られるかと思ったようで、頭を腕で庇って小さくなった。思いっきり怒鳴ったあと、俺はとうとうやってしまったと自己嫌悪に陥った。頭に一気にのぼった熱い血が、冷たくなって体に戻ってくる。トキは涙目で俺を見ると、玄関に走った。
「あ、トキ!」
 俺が叫ぶ前に、トキは外に走って出て行ってしまった。俺はその場に座り込んで、拳を床に打ち付けた。痛い。拳が、ではない。心が。
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