文字数 788文字

 四時十五分前の大宮駅のホームには、都内に住んでいる綾子伯母さんと従兄弟の徹、玲子の三人がすでにいた。綾子伯母さんの手には、大きな紙袋と駅の弁当屋のロゴが入ったビニール袋があった。
「真澄、浩ちゃん、ご飯まだでしょ? 新幹線の中で少し食べると思って」
「綾子姉さん、気が利くね」
 お袋は笑いながらビニール袋を受け取る。中を見ると、サンドイッチの箱が二つ入っていた。俺も伯母さんにぺこりと頭を下げたが、腹の内は複雑だった。まるで夏の帰郷のノリだ。綾子伯母さんよりも、俺より三つ年上で、今年から地銀に勤めている徹の方がよっぽど葬式に行く顔をしている。葬式に行く顔というのは、目が真っ赤に腫れ上がり、頬がげっそりこけている顔だ。ただ、これはばあちゃんが死にそうでショックというよりも、仕事を始めたばかりで疲れているせいかもしれない。玲子はというと、さっきからずっと本を読んでいる。高校を抜け出してきたらしく、セーラー服のままだ。本人はずいぶん気楽そうに駅のベンチでくつろいでいる。
 ふと、綾子伯母さんの持っている紙袋に目が行った。『ひよこ』と書かれている。俺は眩暈がした。本当にこの一行は、死に際のばあちゃんに会うために新潟へ行くのだろうか。少なくとも、お袋と綾子伯母さんにとっては実母だ。それなのに。
 新幹線の車窓を眺めながら、俺はお袋と伯母さんの話し声を聞いていた。
もう一○三年も生きれば、充分よね。寝たきりで何年も過ごす方がつらいわ。子供や若い人におむつを変えてもらう気持ちを考えるなら、死んだ方がいいのかもしれないわね。
ばあちゃんは、どんな気持ちでいるのだろう。若くて健康な俺にはわからない。ばあちゃんはどう考えるだろう。この娘と孫たちを。
トンネルを抜けるとそこは雪国ではなく、新緑の畑だった。ささやかにクーラーの効いた車内で、六十近い熟女二人の大声を無視して、俺は目を閉じた。
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