文字数 646文字

 夜中の三時、眠っているやつらを起こさないように、俺たち山崎一家は阿部家を出た。親父はまだ酒臭かったし、俺も一杯とはいえ飲んでいたので、タクシーで病院へ向うことにした。黒塗りのタクシーはなんだかとても不気味で、霊柩車を彷彿させた。電話で幸子さんは、まだ小康状態を保っていると伝えてくれたが、油断はできない。
 部屋に入ると、先ほどと同じように機械音が規律正しく鳴っていた。ばあちゃんはまだ生きている。部屋は老人が発する独特なにおいが充満している。窓を開けて換気したいところだが、初夏とはいえまだ夜は寒い。
 お袋はばあちゃんの顔を見たり、窓から外を眺めたりと落ち着かない様子だ。親父は飲みすぎたらしく、頭を抱えてくる。
「コーヒーでも買ってくるかな」
 立ち上がってドアを開ける。生ぬるい風が室内へ入ってくる。親父は部屋から出ようとせず、ただ立っているだけだ。
「買いに行かないの?」
 訊くと、親父は振りかえってお袋を見た。お袋は察したらしく、くすりと笑った。
「お父さん、私一緒に行きましょうか」
「ああ、頼む」
「浩介は一人で平気?」
「うん」
 要するに、夜の病院が恐いのか。確かに真っ暗な中、ばあちゃんの病室まで来るのも、結構不気味だった。今は電気のついた室内にいるのでそんなに気味悪くないが、あの真っ暗な廊下をひとりで歩くのはちょっと遠慮したい。俺は親戚に気を遣ったせいで疲れたこともあり、病室に残ることにした。ここならばあちゃんがいる。ひとりじゃない。二人は「すぐ戻る」と言って、廊下を歩いていった。
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