文字数 1,363文字

 ファミリーレストランで、全員寿司を頼んだ。ミツ子さんや久子伯母さんが食欲をなくしていたので、みんな二人に遠慮したのだ。完二伯父さんと幸太さん、あとから追いついた親父は酒を頼んでいた。俊夫おじさんと徹は運転手なので酒は飲めない。女性陣、お袋や綾子伯母さんは遠慮したが、ただの体裁だっただけに見えた。美佐子はばあちゃんを本気で心配していて、心ここにあらずといった感じだったし、俺も酒を勧められたが飲む気はしなかった。
 酒をあおっている三人と、お袋、綾子伯母さんは話が盛り上っていたが、他の面子は話どころか食欲すらなかった。ミツ子さんはずっと箸も持たず体を小さくして座っている。久子伯母さんは玉子を見てはなぜか涙目になっているし、俊夫おじさんと徹は二人揃ってなにやら眉間に皺を寄せていた。酔っ払いの介護とうるさい女性陣にうんざりしているといったところか。玲子はつまらなさそうに携帯をいじっている。
 隣りに座っていた美佐子がお茶を口にしたとき、酔っていたはずの完二伯父さんが、真顔でみんなに注目するよう声をかけた。
「みんな、母ちゃんが死んだらどうするか。わかってるな」
 今までうるさかったお袋たちも、口を閉ざしてうつむく。騒がしい店内で、俺たちの席だけに暗く、重いオーラが広がっていた。
「母ちゃんの遺言状は、元気なときに作って弁護士さんに渡してあるよ。他に何があるね」
 久子伯母さんが実弟である完二伯父さんをにらむ。姉の鋭い眼差しに物怖じせず、伯父さんは話を続ける。
「和子姉さんや寛一兄貴は先に亡くなっている。となると、喪主は次男である俺がやることになる。それでいいよな、ミツ子ねえさん、久子姉貴」
「あんたで喪主が務まるのか心配だがね、ミツ子さんもそれでいいね」
 久子伯母さんがミツ子さんに訊ねると、静かに首を縦に振った。俺はいたたまれなかった。結局一番世話をしたミツ子さんは蚊帳の外だ。嫁だというだけで、一族の大事な場面に関わることができない。俺はミツ子さんのこともあまり知らない。ばあちゃんの世話をしてくれた、長男の嫁。義理のおば。持っている情報はそれだけだ。ばあちゃんやミツ子さんのことだけじゃない。俺は、自分の親戚についてほとんど何も知らなかった。年がわりと近く、同じ関東に住んでいる徹と玲子だって、面識はなかった。正月に会うのも、綾子伯母さんだけだった。従兄弟同士なのにほとんど面識がないのは、俺が小学生の頃、伯母さんと一二三おじさんが離婚したせいだ。徹と玲子はおじさんに引き取られていったが、徹が一人暮らしを始めてから、父と離れて兄妹二人で住んでいるらしい。今日はばあちゃんがきっかけで伯母さんについてきている。新潟に住む、久子伯母さんと幸子さん夫婦、地方に普段はいる幸太さんは、年も住んでいる場所も遠いから尚更だ。学さんにいたっては、親である完二伯父さんや妹の美佐子ですら連絡が取れない。
 親族揃っての食事会は、完二伯父さんが葬式の一切を取り仕切るという話で終わりになった。これからはばあちゃんの臨終まで、交替で番をすることになった。まるで死ぬのを今か今かと監視しているようで気が進まなかったが、誰も側にいないよりはいいのかもしれない。レストランをあとにすると、久子伯母さんたちは病院へ向い、他の親族は本家へと向った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み