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文字数 1,520文字

 入り口のところで足を止める。まずい。幸子さんたちだ。どうやら俺を探しているらしい。当然か。ばあちゃんが消えた原因を知っているのは、俺だけなんだから。電柱の影に身を潜め、幸子さんと俊夫さんが店を出るのを待ってから俺たちはコンビニへ入った。
「うわあ……、すごい品数だな!」
 トキが驚く。本当に初めて見るように明るい声を上げ、お菓子の箱を物色し始めた。店員は俺に不審者でも見るような鋭い眼差しを送る。トキにお菓子をひとつだけ選ばせて、おにぎりを五つ買うと、他のお菓子に未練たらたらのトキを引っ張って、店を出た。
「これからどうするかな」
 ベンチで鮭のおにぎりを食べながら呟くと、いくらのおにぎりを食べていたトキが変な顔をした。
「東京のお屋敷に帰るのだろう? ここは新潟というところらしいから」
 言って、またひと口おにぎりをほおばると、トキは「あーっ!」と大声を出した。周りが彼女に注目する。俺は人差指をくちびるに当てて、「しーっ!」とトキを黙らせる。これだから子供は嫌いだ。ころころ表情が変わって何を考えているかわからないし、行動も読めない。やっぱりこんな子供ばあちゃんじゃない。ばあちゃんは落ち着いていて、優しくて……あと、何だっけ。結局俺はばあちゃんのことをほとんど覚えていないのか。
「なんだよ」
「何であたしはここにいるんだ? あたしはずっと東京で暮らしていたのに!」
 どう説明すればいいのか、俺は少々困惑した。トキが新潟にいる理由。多分彼女が本当にばあちゃんならば、新潟の阿部家に嫁いできた、と言えばいい。そう言うのがはばかられるのは、『彼女=ばあちゃん』の図式が、未だに理解できないからだ。それに言ったところでトキがちゃんとわかるかどうか。
 ともかく、今後どうするかだ。今、俺はばあちゃんと思われる少女、トキを連れ出してきてしまった。ばあちゃんは現在行方不明。この少女の正体も不明。もし、トキが本当にばあちゃんだったとしたら、病院で様々な検査を受けさせられるだろう。それどころかモルモットのように扱われ、連日連夜ワイドショーを騒がすことになるかもしれない。トキがばあちゃんじゃなかったら、俺は単なる誘拐犯だ。それはそれで問題だ。二十歳にして、前科持ちなんて冗談じゃない。
「きみ、お母さんとお父さんは?」
 今更ながら訊いてみたが、トキは「佐藤正継と佐藤ヨシの長女で、二人とも東京にいる」と、先程と似たような答えを繰り返しただけだった。
 おにぎりを食べ終わると、俺は昨日から洗っていない髪をごちゃごちゃとかきまわした。彼女がばあちゃんならば、今病院へ戻すわけにはいかない。トキは、両親が東京にいると言っている。それならば、ひとつ決心するしかない。連れ出したとき、彼女に言った通り、東京へ連れて行くのだ。都合のよいことに、俺は一人暮らし。お袋たちに踏み込まれさえしなければ、少しの時間稼ぎにはなる。ばあちゃん本人だとしたら、余計親戚に合わせることはできない。みんなばあちゃんのことを思っているようで、本音は早く死んでほしいと思っていた連中だ。若返ったと知っても、素直に喜ぶかわからない。もしかしたら率先してワイドショーに売り込むかもしれない。
ばあちゃんをオモチャになんかにさせてたまるか。俺にはそんな強い思いが溢れてきた。ばあちゃんと一緒のときの記憶は少ないし、こんなときになってばあちゃんを守りたいなんて、調子が良すぎる。今までなんて、死んでても生きてても無関係というくらい離れていたのに。
 携帯が、また震えた。俺は迷わず電源を切った。警備員がショッピングセンターの入り口を開ける。十時。開店だ。俺はトキの手を引いて、子供服のフロアへ急いだ。
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