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文字数 1,644文字

 ばあちゃんの葬式には、大勢の人が集まった。喪主はミツ子さんにしようと久子伯母さんは言ったのだが、本人が遠慮した。確かにミツ子さんは喪主ができる状況ではなかった。気がついたら泣いている。でも、嬉しいことに、ばあちゃんがいなくなったときとは違う涙だった。ばあちゃんの優しさ、強さを思い出してはハンカチを濡らしていた。また自殺未遂をするのではないかと、綾子さんは心配していたが、それも取り越し苦労のようだった。本当にばあちゃんを尊敬して涙をこぼす。ミツ子さんの泣き方は、そういったものだった。
 無論、お袋、親父、美佐子、幸子さん、俊夫さん、地方に転勤していた幸太さんも出席したが、なんと東京から旭までも来てくれた。最初は「俺、絶対場違いだよな」と言っていた。確かに、友達の祖母の葬式に出ることなんて、めったにないだろう。でも、旭の場合は例外だ。旭が気にするものだから、一番後ろの席に案内した。それと綾子さんと離婚調停中の一二三さん。徹と玲子は冷たい視線を送っていたが、それでも綾子さんと一言二言しゃべっていた。最後に一番驚いたのは、学さんが来たことだ。喪服でもない、ぼろぼろの服に穴の開いたリュックという異様ないでたちで目立ってはいたが、本人はいたって気にしていないようだった。美佐子は嬉しそうに学さんに飛びついていたが、次の瞬間突き放していた。多分、においが相当きつかったのだろう。
 完二さんは、最後の最後でばあちゃんに厳しい罰を与えられた。「死ぬぞ、死ぬぞ」と言っていたのは完二さんだけではなかったのに、なぜ彼だけ罰を与えられたのか。それはやっぱり遺書の部分でフェアじゃなかったからだと思う。ミツ子さんを恨む気持ちは理解できる。自分の兄を一度捨てた女だ。それが平然と帰ってきて、暮らしている。許せるわけがない。だけど、ミツ子さんはもう充分罰を受けたのだ。それをずっと引きずってるなんて、男らしくない。


「暑いね」
「まだ、ミニトマトなら採れそうだ」
「ミニトマト?」
 美佐子が怪訝な顔をする。俺はミツ子さんとばあちゃんと、三人で更地に戻した畑の話をした。また、昔、俺はそこでばあちゃんとミニトマトを採ったという話もした。
「そうそう、私も色々思い出したんだよ」
 ばあちゃんと一緒に自転車の練習をしたこと。そこで転んで血まみれになって、ばあちゃんに病院まで運んでもらったこと。二人の思い出話は止まることを知らない。
 そこにちょうど出くわしたのが、徹と玲子だった。
「そろそろ会場を移動するって」
 徹は相変わらず無味乾燥な声で用件だけを伝える。玲子も携帯ばかりを気にしている。この二人は最後の最後まで変わらなかったか。俺が少し残念に思っていたら、徹から意外な言葉をもらった。
「俺たちは小さい頃あまりこっちに来なかったからな。ばあちゃんとの思い出がほとんどないんだ。だから二人がうらやましいよ」
「っていうか、一〇三歳まで生きたってだけでも自慢だよね。私も長生きしたいなあ」
「ばか、お前、まだ十代だろ」
 二人は顔を見合わせて笑う。徹と玲子の笑顔なんて、初めて見た。美佐子と俺もお互い顔を見合わせる。どちらからかわからないが、「ぷっ」と笑いがこみ上げる。
 東京から来た旭は、どこまでついていっていいのかわからず、マイクロバスの前でうろうろしている。それを見て、再び笑ってしまった。葬式なのに、こんなに笑っていいものなのだろうか。

 ばあちゃん。あなたはやっぱり阿部家の誇りです。もし、空から俺達が見えたら、あなた持ち前の優しい笑顔で手を振ってください。そうすれば、もう少し人生に前向きになれるかもしれないから。
 どんなに遠くにいても、俺たちはずっと、永遠に家族でいましょう。
 俺という人間は、まだまだ弱い。ばあちゃんと出会わなかったら、きっと弱いままで終わっていただろうな。でも、あなたが誇れるような人間になりたい。今はそう思っています。
 
                             【了】


   
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