文字数 937文字

 時計が午前四時を指した。相変わらず病室は静かで、機械音しか聞こえない。親父たちはまだ帰ってこない。少し眠くなった。先ほど布団に横になったとはいえ、あれは親戚から逃げるためで結局は全然寝ていない。丸イスに座り、脚を組んで楽な姿勢をとる。単調な音に加え、規則正しい時計の音まで混ざる。だんだんと、意識が遠のいていく――そのときだった。
 二回のノック。親父たちだろうか。勝手に入ってくればいいと思い、無視をしていたら、また二回「コン、コン」とノック。もしかしたら、コンビニにでも行って、夜食でも買ってきたのだろうか。それでドアが開けられないとか。俺はゆっくりと腰をあげ、スライド式のドアを左に開ける。
 途端、寒気がして、身動きが取れなくなった。かろうじて目だけは動かせる。予想していた親父たちの姿はない。瞳だけを器用に下へ向ける。そこには白い小さなマネキンたちがいた。一、二、三、四。合計四体。病院に子供のマネキンを置くいたずらをする輩でもいるのか? いや、そんなわけはない。じゃあ、こいつらは何なんだ。
服も靴もはいていないマネキンたちは、ばあちゃんのベッドへ向って歩き始めた。
“大きくなりたい”
“大人になりたい”
“子供は嫌だ”
“小さいままじゃ悲しい”
流れてくる子供の声。まさか、あのマネキンたちは小さい頃に死んでしまった霊なのか? 
“この人、いつ死ぬかわからない人だ”
“一○三歳だって”
“いなくなってもいい人だよね?”
“じゃあ、この人にしようよ”
 子供の霊が、ばあちゃんに何かしようとしている。まさか。普段は霊なんか信じない俺だが、もしこれが本当に心霊現象の何かだったら。マネキンたちがばあちゃんを連れて行こうとしているのか?
 みんなの言葉を反芻する。ばあちゃんは食事も排泄も一人でできない。死んだ方が楽かもしれない。子供が先に逝ってしまう。だからって、“いなくなってもいい人”じゃない!  
俺は金縛りを無理やりに解いて、ばあちゃんの方へ振り返った。
「ばあちゃん!」
 周りにいたはずのマネキンたちはもういない。急いでばあちゃんのベッドへ飛ぶと、そこには俺の想像をはるかに超える事態が待っていた。
 布団で眠っていたのは、小さな、白髪の一本もない猫っ毛の十歳くらいの女の子だった。
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