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文字数 1,803文字

「やっぱりあの桜色の服の方がよかったかな」
 Tシャツを引っ張りながら、隣の席でトキが呟いた。彼女は、初めてだというショッピングセンターに結局二時間近く居座った。いちいち試着してみては、似あうかどうかしつこいので、俺はもうくたくただった。その上、駅までの道のりも大変だった。トキは車やバスを見るのが初めてのようで、はしゃぎ、駅に着いてからは電車を見ては大声を上げる始末。彼女がばあちゃんだということは本当のような気がしてきた。ばあちゃんが十歳のときは、交通網もこんなに発達していなかったはずだ。キーンと独特な音を出してホームに入ってきた新幹線を、丸い目に写すトキは驚きを隠すことなく表情に出していた。
 平日昼の上り方面の新幹線は、自由席もガラガラだ。それもそうだ。スキーシーズンでもないし、お盆休みでもない、六月下旬。むしろ俺とトキの組み合わせが怪しく見えるのではないかと、肝を冷やした。
 行きは大宮から乗車したが、帰りは終点の東京まで降りることはない。うるさかったトキもはしゃぎ疲れたのか落ち着いて、今は車窓を眺めている。俺は頭がぼーっとしてきた。そういえば、昨日からまともに眠っていなかったんだ。うとうとしているうちに、いつの間にか俺は眠りについていた。

 上野駅到着のアナウンスでようやく覚醒した。起きると隣にいたはずのトキがいない。やばい。席を立つと、まずトイレに人がいないかを確認する。車両についているトイレマークは光っていない。ということは、他の車両に移動したのか? 洗面台にいる可能性もある。さっきの話ではないが、トキは服をずいぶん気にしていた。そうなると、探すところは山ほどある。子供だから、大人が行けないところにも行けてしまうだろうし。
 俺は一両目から探すことにした。東京まであと一駅。着いてしまえば大変なことになる。東京駅構内で子供ひとりを探すなんて、骨が折れるどころじゃない。
 一両目、二両目と、座席を確認していく。黒いセミロングの髪にピンクのTシャツ、赤いスカートの少女は見当たらない。冷や汗をかきながら、三両目の自動ドアの前に立ったとき、中から年寄り集団の笑い声が聞こえた。
「トキちゃんは昔のことをよく知ってるわねぇ」
「俺より歳いってるんじゃないか?」
 座席をひっくり返してボックス席にしていた三人の老人グループの中に、トキはいた。
「あ、コウスケ」
 気がついたらしく、俺の方へ振り返る。途端、疲れがどっと出た。こっちが必死こいて探している間、年寄りと楽しく会話かよ。
「あら、お兄ちゃん?」
 三人組老人のひとりが、俺を見て微笑む。どうやら兄妹に見えるようだ。それ以外に見ようもないだろう。
「コウスケはうちの書生だ」
「え? トキちゃん家は、この時世に書生なんて取ってるのかい?」
 トキのいらない一言で、老人たちは更に盛り上がりを見せる。これ以上、この場にいるのはまずい。俺は「お邪魔してすみませんでした」と頭を下げると、トキの手を取り、座席へ戻った。
「あんまりうろちょろするな!」
 きつい口調で叱っても、トキは反省の色を見せない。
「だって、珍しいものばっかりなんだもん。あたしはシンカンセンなんて、乗るのも初めてだし」
「だから、ひとりだと迷子になるだろう」
 俺は溜息をついた。子供に説教する年齢になった覚えはないし、ましてや自分のばあちゃんにこんなことを言うはめになるなんて、昨日まではまったく想像できなかったことだ。ばあちゃんではなく、少女・トキは上目遣いで小さく言った。
「コウスケ、心配した?」
「そりゃ、するさ。きみは子供だし、こういった場所は初めてなんだから」
 俺が本音を漏らすと、トキは小悪魔のようにくすりと笑って、隣りの車両へ走った。自動ドアが開くと、「早く、こっち!」と手を挙げる。俺は、これからこの素性不明の子供に振り回されるのか。頭がツンと痛んだ。

 東京駅に着くと、俺はがっちりとトキの手をホールドして、どこかへ勝手に走っていかないように注意した。都会のダンジョン、東京駅はトキにとってきっと魅力的な場所だ。今も左手にある土産店のスイーツに目を奪われているし、ちょっと気を抜くと、そちらへ寄っていこうとする。ぐっと右手を握ると、新宿方面の電車へ乗り換えるために、中央線のホームへ向う。階段を上がるまでトキは、スイーツの写真のボードを持っているお姉さんから目を放さなかった。
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