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文字数 1,877文字

 親戚一同が再び病院へ集まる。ミツ子さんもばあちゃんを心配の眼差しで見ている。
「今夜がやまでしょう」
 前にも言った医者の台詞。同じ言葉を俺たちはもう一回聞いた。
「ったく、一体どういうことだったんだ! ばあちゃんが若返ったとか言って、結局この姿で戻ってきたじゃねえか。やっぱりばああちゃんを匿ってたんだな!」
 完二伯父さんに襟首をつかまれるが、抵抗する気はもうない。確かに匿っていたといわれればそうなる。でも、最終的にばあちゃんは一〇三歳の姿になって、生死の境をさまよっている。
 俺が拳を壁にぶつけると、美佐子は小さい声で俺を庇ってくれた。
「浩介はよくやったよ。おばあちゃんと一緒に遊んだり、色んなことができたじゃない。おばあちゃんも喜んでたよ」
 それでも俺はまだ納得できない。ばあちゃんの年を吸っていった子供のマネキン。
“この人、いつ死ぬかわからない人だ”
“いなくなってもいい人だよね?”
いつ死ぬかなんて、わからない。いなくなってもいいなんて、少なくても俺は思わない。もう最初に病院へ来たときとは違うんだ。ばあちゃんは、俺にとって、大事なばあちゃんなんだ。死なせてたまるか。
 そんな俺の願いもむなしく、九月七日午前五時二十三分。ばあちゃんは、じいちゃんの待つ世界へ旅立った。じいちゃんと再会できたのが嬉しかったのか、そのときの表情は、満面の笑顔だった。

 ばあちゃんの亡骸が阿部家に帰ってきて、さっそく完二伯父さんが葬儀や遺産相続のことについて仕切りだそうとしていたときである。
 俺と美佐子は、伯父さんが仕切る前に、ばあちゃんの遺書を読むべきだと主張した。伯父さんは俺たちがそんなことを言うとは思わなかったらしく、面食らっていたが、特に問題ないと遺書を読み始めた。
『遺産はまず法定相続分にわけ、土地は次男である完二を中心として分割すること。ミツ子に関しては、土地は一切わけないことにする』
 この遺書が本物の遺書でないことを美佐子と俺は知っている。ばあちゃんの筆跡ではないと久子伯母さんが追及するが、年をとって筆跡が変わったんだという無理やりな説明でごまかされてしまう。
「そういうことで、いいな。俺が土地は仕切る。あと喪主もな」
「ちょっと待ってください!」
 俺は待ったをかけた。今言わなければ、ばあちゃんの最後のお願いが無駄になる。俺はウエストポーチに大切にずっと入れていた紙を取り出して読み出した。
『遺産は完二を除くミツ子、久子、綾子、真澄により平等に分割すること。また、土地、畑に関しては、ミツ子を中心とし、久子がその分割を手伝うこと』
「ちょっと、まて! なんで俺が遺産分割から排除されなきゃいけねえんだ! それにミツ子さんなんて、他人じゃないか!」
「伯父さん、民法第八九一条って知ってます?」
 俺が聞くと、伯父さんは「知るか!」と腕を組んで俺をにらんだ。俺は怯まず、民法第八九一条を説明する。
「民法八九一条五項相続人の欠格事由。【相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、または隠匿した者】は相続人となることができない。その代わり代襲相続で、美佐子や学さんは相続することができます」
「どういうこと、浩介」
 お袋が目を見開いて俺に詰め寄る。他の親戚も驚いた表情を浮かべる。俺は伯父さんと分州先生との関係を暴露したのち、あっさりと言い放った。
「要するに、分州先生と伯父さんは、ばあちゃんのニセモノの遺書を作ったってことさ」
「待て! それなら、その遺書だってニセモノだ! だってばあちゃんはずっと行方不明だったんだしな」
「……完二」
 久子伯母さんが溜息を混ぜた声を落とす。完二伯父さんに失望した、とでも言いたげだ。俺は更にもうひとつの証拠を提示してみせた。
「完二伯父さん。これ、トキとばあちゃんのDNA検査の結果です。さっき分州先生から伯父さんの代理として受け取ってきました」
 完二伯父さんへ渡すと、姉妹たちがその周りを囲む。佐藤トキと阿部トキとのDNA検査の結果。同一人物である可能性が高い。
「嘘……だろ?」
「そんな、あの子がお母ちゃんだったっていうの?」
 綾子伯母さんも、口に手を当てて驚愕の事実に腰を抜かしそうになる。俺は追い討ちをかけるように、さっき読みあげた遺書をみんなの前に突き出した。
「この遺書は、少女になったばあちゃんが書いたもので、親指の指紋もくっきり残ってる。無論、筆跡も同じはずだ。日にちは今月の五日。これは、ばあちゃんが俺に託した、本物の遺書だ!」
 これ以上疑っても無駄だ。伯父さんは悟ったのか、病室を駆け足で出て行った。
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