第48話 呪詛と魔王と工作員

文字数 2,577文字

 さて、諸々が済んだところで、ニナとマリィを呼ぼうと思う。
 戦いが終わったことを報せなければ。
 主に俺の肉体面がややこしいことになっているので、その旨も説明する必要があった。

 俺は上り階段の先へ声をかける。

「おーい、終わったよー」

 しばらくすると、二人が地下空間に下りてきた。

 姿を見せたニナは硬直する。
 なぜか顔面蒼白だった。
 壁に手を突いて、辛うじて立っている状態である。
 放っておくと気絶するんじゃないだろうか。

 マリィはナイフを構えてニナの前に立ちはだかる。
 殺気が全開だ。
 今にも襲いかかってきそうである。

 いや、構え方からすると回避を意識しているようだ。
 もしかすると逃げ出す心構えなのかもしれない。

 二人の反応に俺は苦笑する。

「なんでそんなにビビっているのさ」

「ササヌエさんから邪悪な魔力と瘴気を感じるからです……てっきり魔王に取り込まれたものかと思いました。魔王は人間が一人で倒せるような相手ではありませんし、何より、ササヌエさんの外見が……」

 ニナは途中で言い淀んで視線を逸らす。
 歯切れの悪い感じだ。
 言いにくいことがあるらしい。
 数秒の逡巡を挟んで、彼女は無言で手鏡を渡してきた。

 自分の顔を見ろということだろうか。
 俺は手鏡を受け取って確認する。

 そこには血みどろの顔が映っていた。
 あちこちに黒い縫合痕がある。
 茨の呪詛だ。

 潰された片目に至っては、白目の部分が真っ黒になっていた。
 虹彩だけが澄んだ銀色だ。
 衣服もボロボロに破れて、手足にも生々しい縫合痕が付いている。

 確かにこれは怖い。
 まるでゾンビだ。

「いやぁ、ごめんね。色々とあってさ。こんなビジュアルだけど元気だよ」

 俺は笑いながら手鏡を返した。

 一方でマリィは、まだ俺のことを警戒している。
 こちらの挙動の一つひとつを過剰に気にしていた。
 いきなり襲いかかるとでも思われているのだろうか。
 そんなに凶暴な人間じゃないのにね。

 気を取り直して俺は、二人にざっくりと事情を説明する。
 茨の呪詛で不死身に近い体質を獲得したこと。
 魔王と主従関係を結んで、影に潜ませていること。
 大切なのはそれくらいだろうか。
 細かな戦いの内容などが特に語らない。
 ボロボロになった俺の姿を見れば、どれだけの激闘だったかは想像できるだろう。

 話を聞いたニナは頭を抱えだす。

「やはり魔王の力を得たのですね……ああ、どうしてこんなことに」

「ただの成り行きだよ。気が付いたら、って感じでさ」

「そんな簡単に言われましても……。とにかく、一大事です。このままだとササヌエさんは世界の敵として認定されて……」

「おっと、お喋りは中断だ。お客さんが来たみたいだよ」

 悩むニナを制止して、彼女を後方へ退避させる。
 マリィもそれに付いていく。

 ほどなくして階段から六人の男女が現れた。
 どいつもこいつも武装している。
 しかも、揃いも揃って実力者の気配を発していた。

 おそらく冒険者ではない。
 振る舞いからして、なんとなく違う気がする。

 特に先頭に立つ女が異質な強さを持っているようだった。
 片手剣と盾という標準的なスタイルだが、その片手剣から嫌なオーラが伝わってくる。
 神々しい何かを感じ取れた。

 彼らは俺を目にした途端、一斉に武器を構える。

「地の底より新たな魔王が生まれ出でる……予言の通りだったか。なんて濃い瘴気だ」

 俺から距離を取ったまま、女が緊張感を滲ませて発言する。
 明確な嫌悪感が俺へと向けていた。

 どうやら俺のことを魔王と勘違いしているらしい。
 予言とやらは当たっているが、魔王は俺が先に倒してしまった。
 一足遅かったようだね。

 そのことを教えてあげようと思って俺は口を開く。

「魔王のことなんだけど実は」

「この世界を貴様の好きにはさせない! この私――"魔撃の勇者"が貴様を滅する……!」

 女は俺の言葉を遮って宣戦布告をしてきた。
 彼女の仲間らしき者たちも、同様に戦う気満々だった。

 俺は肩をすくめて決心する。

(仕方ない、殺すか)

 誤解だというのに、どうして話を聞いてくれないのか。
 俺は魔王などではない。
 むしろ魔王を倒した側である。
 勇者ではないものの、その実績は称賛されるような類だと思う。
 こうして敵対されるようなことではないはずだ。

 ちゃんと相手の主張に耳を傾けてほしい。
 穏便に解決するという考えを持つべきだろう。
 まったく、俺を見習ってほしいものである。

 相手は勇者の率いる集団らしいが、もはやどうでもいい。
 向こうが殺る気ならば、こちらもそれに応えるまでだ。

 俺は鉈と斧を構え、足元の影に声をかける。

「カゲハ、出番だよ」

「承知。我が力は主殿と共に」

 返答と共に、影から腕と漆黒の剣が伸びる。
 この状態でサポートしてくれるようだ。

 なかなか良いね。
 効果的な不意打ちが期待できる。

 カゲハの技量の高さは身を以て体感していた。
 こいつなら、素晴らしい働きをしてくれるに違いない。

 同時に胸の辺りが大きく脈動する。
 茨の呪詛が拡散して、肌を一気に侵蝕していった。
 瞬く間に全身にびっしりと模様を刻み込んでしまう。

 呪詛はそのまま鉈と斧にも絡み付いた。
 鉈と斧は、ほんのりと黒いオーラを纏う。
 叩き斬ることで、相手に呪詛が付与できそうだ。

 おまけに力が際限なく湧き上がる。
 呪詛が自動的に作用したらしい。
 獲物を喰らい尽くすために動き出したのか。
 やはり生きている気がする。

 呪詛塗れになった俺を見て、勇者一行はたじろぐ。
 彼らの恐怖をひしひしと感じた。

 後悔しているのだろうが、もう手遅れだ。
 皆殺しにすると決めたのだから。

 俺は振り向いてニナを見る。
 彼女なら止めてくると思ったからだ。

 ニナは諦めた表情で首を振っている。
 口出しは無意味だと悟っていた。
 彼女も学習しているようだ。

 そのことに苦笑しつつ、俺は勇者たちに躍りかかった。
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