第10話 真夜中の蹂躙

文字数 3,000文字

 俺の声に反応して見上げる人影たち。
 そのうち一人の顔面に逆手のナイフを突き立てる。
 ぞぶり、と音を立てて刃は眼球に沈んだ。

「ああああ、あああっ」

 刺された奴が絶叫する。
 振り払われるのに任せて、俺はベッドの上に跳んだ。

 足元にはスキンヘッドの男がいる。
 男は口端から泡を漏らしながら絶命していた。
 短剣に毒でも塗られていたのだろう。

 この男は身代わりとして役立ってくれたね。
 声を上げずに静かにしていろと命令していた甲斐があった。
 なんとなくこんな事態になる予感がしたので、罠を張っておいたのだ。

 ただの杞憂に済んでも、大して損はないからね。
 死体が一つできるだけだ。

 俺は侵入してきた五つの人影を注視する。

 闇に溶けるような黒づくめ。
 その手には毒濡れの短剣があった。
 暗殺者である。
 ニナを見逃したことから、間違いなく俺がターゲットだろう。

 五人のうち最初に片目を抉った奴は、ベッドに突っ伏して動かない。
 ナイフが脳に達していたらしい。
 どくどくと血がシーツに広がっていく。
 ここで眠るつもりなのだから、あまり汚さないでほしいね。

「こんばんは。ご機嫌いかがかな?」

 俺は朗らかに挨拶する。

 返答代わりに飛んできたのは短剣だった。
 掠れば毒を受ける。
 裏を返せば、傷付けられなければ何の危険もないということだ。

「よっと」

 俺は迫る短剣の柄を掴んで止めた。
 一直線に飛来してきたので、あとはタイミングを合わせるだけだ。
 実に簡単なものである。
 俺は短剣を持ち主に投げ返した。

「ぐあっ!?」

 暗殺者の一人が、胸に刃が刺さって苦痛の声を上げた。
 そして間もなく膝から崩れ落ちる。
 さっそく毒が回ったのだろう。

「……シッ」

 別の暗殺者が、短剣の二刀流で跳びかかってくる。
 変幻自在に揺れる刃。
 もちろん毒を塗ってあるのだろう。

「面白い、曲芸とか向いてそうだね」

 素直な感想を述べつつ、俺はナイフを投擲する。

 二刀流の暗殺者は、それを軽々と弾いてみせた。
 やはり上手い。
 優れた動体視力と鍛え抜いた技量を併せ持っている。

 だけど、まだまだ常人レベルだ。
 見切れないほどじゃない。

 俺は突き出された腕を掴んで止める。
 続けてがら空きの胴体へ前蹴りを繰り出した。

「ガァ……ッ!」

 靴底から肋骨を粉砕する感触。

 暗殺者は吐血して倒れた。
 その首を踏み折る。
 一度だけ痙攣した暗殺者は、床を掻きながら息絶えた。

 ちょっと蹴ったくらいで怯むなんて、虚弱すぎるんじゃないだろうか。
 団長こと"守護の勇者"を見習ってほしい。
 彼は並外れた頑強さを持っていた。
 あれくらいとまでは言わないものの、せめて初撃で沈まないようにしてくれると嬉しいね。
 もっとも、死者となった彼らには努力のしようもないわけだが。

 内心で嘆いていると、残る二人が同時に仕掛けてきた。
 挟み込むようにして短剣で切り付けてくる。

 俺は攻撃がこちらへ届く前に、二人を殴り飛ばす。
 床をバウンドした暗殺者たちは壁に激突した。
 起き上がる前に、一人の顔面に助走をつけた膝蹴りを食らわせる。

「ガフッ……」

 暗殺者の後頭部が壁にめり込んだ。
 鼻が完全に折れて、血が垂れ流しになっている。
 取り落された短剣を拾って首を切り裂いてやった。
 かくん、と首が脱力した暗殺者は静かに死ぬ。

 返り血を避けながら振り向くと、そこにはもう一人の暗殺者がいた。
 殴られながらも、すぐに復帰したのか。
 この中ではかなりのタフネスだ。
 やればできるじゃないか。

 真っ直ぐに突き出された短剣。
 その軌道を見切った俺は、紙一重で躱しながら懐へ潜り込む。
 相手が反応する前に、その腹に短剣を刺した。
 ちゃんと死ねるように刃を捻りながら傷口を抉る。

「うっ……こ、この」

 暗殺者はそれでも俺に反撃を目論む。
 震える手で短剣を振ろうとした。

 掲げられたその腕を掴んで壁に叩き付ける。
 ぶつかった拍子に短剣は手放された。

「化け物め……」

「あー、よく言われるよ」

 悔しそうな目をする暗殺者。
 その首に短剣を深々と突き立てた。
 貫通した刃が壁に刺さって、死体を吊るす形になる。

「さてと。残りは……」

 俺は出入り口に視線を向ける。
 扉の向こうに気配があった。
 音もなく立ち去ろうとしている。

 俺は駆け寄って扉を蹴り開ける。
 暗殺者が廊下を走っている。
 その先には開いた窓。

「逃がさないよ」

 俺は暗殺者の背中に追い縋る。
 苦し紛れに放たれた短剣をキャッチした。
 窓の外へ身を乗り出した暗殺者を掴んで室内へ引き戻す。
 そのまま首を掻っ切り、窓の外へ放り投げた。

 暗殺者が通りに落下する。
 頸動脈を断たれて地面に衝突したにも関わらず、暗殺者はどこかへ這い進もうとしていた。
 素晴らしい執念だな。
 いくら無駄とはいえ、その胆力は評価したいと思う。

 緩やかに絶命した暗殺者を見届けた俺は、一旦部屋へ赴く。

 ニナは起きていた。
 死体を前に彼女は困惑している。

「あの、ササヌエさん。これは、何があったのでしょうか……」

「ちょっと待ってて。すぐに済ませてくるから」

 毒の短剣を捨てて、戦鎚を手に取って布を外した。
 先端部が通常より短くなるように持つ。
 リーチがありすぎると室内で扱いにくいからね。
 混乱するニナを置いて、階下へと向かう。

 騒ぎに気付いた宿泊客がざわめいている。
 意外と人数が多かった。
 人気の宿屋なのかもしれない。

 俺は人々を見回して、目当ての人物を探す。

「あっ、いた」

 目当ての人物はすぐに見つかった。
 俺は歩み寄って話しかける。

「どうして暗殺者を黙認したのかな? 客の安全とかプライバシーへの配慮が欠けてるんじゃない? それとも、城に通報して彼らを呼んだのは、あなただったりして……?」

「ち、違う! 私はただ、特徴と一致する人物がいれば報告するだけでいいと聞いたのだ! まさか、こ、こんな事態になるとは……!」

 しどろもどろに弁明を試みるのは、この宿屋の店主だ。
 暗殺者がスムーズに俺たちの部屋に来たから怪しいと思ったが、やはり裏で糸を引いていたか。
 ちょっとカマをかけたら、すぐにこれだ。
 ペラペラと上手に吐いてくれる。

「――つまり私はむしろ被害者でして、ここはどうか寛大なご判断をぺあぇっ」

 俺は不細工な愛想笑いで言い訳をする店主の頭部を、戦鎚で打ち砕いた。
 潰れた脳を露出させながら、店主は即死する。
 磨き抜かれた床に血が広がっていった。

 その途端、宿泊客から悲鳴が上がる。
 ただし俺を拘束しようとする者は皆無で、ほとんどがその場から逃げ出すだけだった。
 戦闘経験がありそうな人間も、険しい表情で傍観するのみだ。
 束になっても叶わないと悟ったのかもしれない。
 賢明な判断だろう。
 今は大人しくしておいてほしい。

「うん、ひとまず片付いたね」

 満足した俺はニナの待つ部屋へと戻った。
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