第15話 騎馬兵の末路

文字数 3,095文字

(このまま一気に八つ裂きにしてやろう)

 そう意気込む俺に、岩の杭が飛んでくる。
 馬車の中ならともかく、これだけ開けた場所なら対処も楽だ。
 俺は斧のフルスイングをぶち当てて、岩の杭を切断する。

 真っ二つになった杭の陰から、さらに矢が飛び出した。
 それは俺に向かって迫る。

(岩の杭の陰になるように撃ってきたのか)

 やるじゃないか。
 振り抜いた姿勢からでは満足な防御も回避もできない。
 息が合っていなければ到底不可能な攻撃だな。

 俺は斧の柄を傾けて鏃に当てる。
 軽い金属音。
 弾かれた矢が頬を掠めていった。
 ギリギリだったね。
 少し遅れたら腹に食らっていたよ。

 頬に僅かな痛みが走る。
 ピリピリと違和感もあった。
 毒でも塗られていたか。

 厄介だが、致命的ではない。
 症状で死ぬ前に身体が慣れてくれる。
 昔からそうだった。
 なぜか毒物には強い体質なのだ。

 ただ、動けなくなったところへ攻撃を叩き込まれると面倒である。
 さっさと決着させた方が良さそうだ。

 俺は馬モドキに乗ったまま騎馬兵たちに接近していく。
 毒をくれたお返しをしなくては。
 斧を握る手に力を込める。

「どうもー、すぐにお仲間さんの後を追わせてあげるから、ねっ」

 俺はすれ違いざまに斧を一閃させる。

 まず向こうの馬の首を刎ねた。
 血飛沫で濡れながら、斧の刃は細身の男を狙う。

「くっ……」

 小さく呻いた細身の男は、馬上から跳び上がって回避する。
 魔術の防御が間に合わないと悟ったらしい。

 その後ろに乗っていた弓持ちは、身体を限界まで逸らして斧を躱す。
 どちらもいい反応だ。
 なかなか上手い。

 首を失った馬は派手に転倒する。
 弓持ちもそれに巻き込まれて地面に激突していた。
 あのダメージは結構大きいだろう。
 すぐに起き上がってはこれまい。
 跳び上がった細身の男を先に仕留めよう。

「おっ」

 視線を巡らせた俺は、思わず声を出す。

 細身の男は、そのまま空中にいた。
 背中から翼が生えており、それを羽ばたかせて滞空している。
 鳥の亜人だったのか。
 翼が衣服で隠れていて分からなかった。

 空を飛ぶ細身の男は、上空から魔術攻撃を仕掛けてくる。
 火球や岩の杭のオンパレードだ。
 直撃すれば致命傷に至る。

 一方、俺の乗る馬モドキは、野性の直感で回避しながら疾走してくれた。
 なかなか優秀な暴れ馬である。
 俺のためではなく、あくまでも保身なのだろうが、それでも役に立っていることに違いはない。
 これで乗り心地も良ければ百点満点だ。

 しばらく回避に徹していると、唐突に魔術攻撃が止んだ。
 見れば細身の男が肩で息をしている。
 連発での魔術行使はそれなりに疲労するようだ。
 ニナも召喚魔術を使った際は消耗していたもんな。

 その隙に俺は馬モドキから飛び降りた。
 馬モドキは俺を無視して、颯爽とどこかへ走り去っていく、
 もう戻ってこないだろう。

 俺は急いでダッフルバッグのもとへ戻って短機関銃を手に取る。
 照準を細身の男に合わせて乱射した。

 視線の先で弾ける赤。
 がくり、と体勢を崩した細身の男は、土煙を上げて地面に激突した。
 翼に銃弾が命中したのだ。

 地面に倒れる細身の男は、手足や翼が圧し折れている。
 それでも魔術を放ってくるが、もはや大した脅威でもない。
 避けながらある程度まで接近して、至近距離から弾丸をお見舞いした。
 全身を弾丸で引き裂かれた細身の男は即死する。

 最後の標的を殺すために歩き出そうとして、俺は斧を取り落した。
 すぐに拾おうとして、指先が痙攣していることに気付く。

「あれ?」

 毒による手足の痺れだ。
 脚を動かそうとして、躓いて転びそうになる。
 即効性だったらしい。
 これでは、いつもみたいに回避重視の立ち回りは望めないな。

 俺は丁寧にゆっくりと斧を掴み上げる。
 意識すれば持てないこともない。

 左右それぞれの手に斧と短機関銃を持った状態だ。
 こうなったら短期決戦でいこう。

 落馬した弓持ちだが、まだ生きていた。
 よろけながらも立ち上がって弓を撃ってくる。

 俺は斧で弾いて切り払う。
 かなりのダメージを負っているはずなのに、精度と威力は健在だった。
 もっとも、見切れないほどではない。
 次々と放たれる矢を凌ぎながら、少しずつ歩み寄っていく。

 掠めたり突き刺さろうとも、致命傷ではない。
 少し煩わしい程度だ。
 極端な話、脳か心臓を射抜かれなければ問題ない。
 十分に対処可能であった。
 俺は歩きながら短機関銃を撃ちまくる。

 弾丸を食らった弓持ちが倒れそうになって、寸前で踏ん張る。
 そして反撃を試みるも、弓が破損していた。
 弦が切れた上に半ばほどで割れている。
 今の射撃で壊れたようだ。
 あれでは矢を放てない。

「よしよし、これで終わりだね」

 俺は弾切れの短機関銃を捨てて、斧を両手で掲げた。
 何本か矢を食らったせいか、身体の痺れが強くなっている。
 それでも動けなくなるほどではない。

「…………」

 弓持ちも腰のサーベルを抜いて構える。
 いい心掛けだ。

 俺は弓持ちに跳びかかって斧を振るった。
 斬撃は弓持ちが顔に巻いた布を切り裂く。

(浅いか……)

 悟った刹那、カウンター狙いのサーベルが脇腹を削る。
 熱い激痛。
 血が滲むのを知覚した。

 それでも俺は止まらない。
 弓持ちを素早く蹴倒して、その喉元に斧を突き付ける。

 その時、顔に巻かれた布が外れて、弓持ちの顔が露わになった。

 揺れる銀髪。
 俺を睨み上げるのは、褐色肌の美女だった。
 尖った耳は長い。
 斧を前に動けない弓持ちは、悔しげに言い放つ。

「くっ、殺せ……!」

「え? うん」

 なぜか死に急ぐ美女の顔面に、俺は斧を振り下ろした。
 整った顔に刃が食い込んで叩き割る。
 弓持ちは大の字になって地に倒れ、投げ出した手足を痙攣させた。

 最期のは何だったのだろう。
 てっきり命乞いをするものかと思ったのだが。
 俺はこちらに駆け寄ってきたニナに尋ねる。

「今の発言、聞こえてた? どういう意味なのかな」

「彼女はダークエルフです。整った容姿と高い魔術的素質を持つダークエルフは、捕えられて奴隷として売られる場合が多く、どういった用途においても優秀です。それを危惧したが故の言葉でしょう。奴隷になるくらいなら死を選ぶ、という覚悟を示していたのかと……」

「なるほどね。そりゃ偉いもんんだ」

 あの短いセリフに、それだけの意味が込められていたとは。

 俺は弓持ち改めダークエルフの死体を漁る。
 彼女の懐から解毒薬らしきものを発見した。
 ニナに見せたところ、間違っていないそうだ。

 それを一気に呷る。
 放っておけば手足の痺れも治るだろう。
 ついでに彼らの布を包帯代わりにして、全身各所に止血処置も施しておく。
 少し血を失いすぎた。
 街に着き次第、たくさん栄養を摂って身体を休めた方がいい。

(そういえば、騎馬兵たちに事情を聞くのを忘れていたな……)

 まあ、いいか。
 皆殺しにしたい気分だったし。
 いつかこいつらの仲間から報復があるだろうし、その時に聞き出せればいいだろう。

 こうして馬車を失った俺たちは、仕方なく徒歩による移動を始めた。
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